第25章 灰色万華鏡✔
❉ ❉ ❉
「むっ」
踏ん張りに力を入れ過ぎてしまった所為か。
ぶちりと、草履の鼻緒を繋ぎ止める前坪(まえつぼ)が千切れた。
「むぅ」
使い古びていた所為か。
ばつんと、いつも髪をハーフアップで結んでいる髪紐が千切れた。
「よもや」
鬼との戦闘中に亀裂でも入っていたのか。
終いには隊服のベルトまで、べりんと千切れる始末。
「…不吉だな…」
「ただテメェが馬鹿力なだけだァ」
鴉や黒猫が通り過ぎるような、そんな曖昧で些細な不吉の予感だが。
千切れたベルトを手に神妙な面持ちで呟く杏寿郎に、間髪入れずに突っ込んだのは全ての事柄を見守っていた実弥だった。
「集中力が散漫してんなァ。どんだけ気が散ってんだ」
「不死川の言葉を全ては否定できないな。しかしこれは恐らく武者震いなのだと思う! 鬼を見つけ出す前の!」
「俺にはそうは見えねェ」
「そうか!?」
「ああそうだ」
快活な顔で笑う杏寿郎は悩んでいる様子など見えないが、どうにも実弥にはいつも以上に勢いがあるように見えた。
言い換えれば、空元気のような。
その証拠が、力を見誤って壊してしまった私物の数々だ。
それだけ杏寿郎の心を揺るがす何かがあるのか。
(…煉獄だけじゃねェな)
彼一人だけなら、武者震いと片付けられたかもしれない。
ただしその片鱗は、弟の千寿郎にも見受けられた。
短い期間だが、初めて千寿郎に会った時にはなかった空気を幾つか感じ取った。
何かを気にしているような、心此処に在らずのような。
偶に台所の中心にぽつんと立って、途方に暮れたような表情をしている時もある。
その表情の意味さえ、本人も理解していないかのように。
弟好きの杏寿郎が、そんな千寿郎を気にかけないはずがない。
なのに兄自身もこんな調子なのだ。
どうにも小骨が喉に引っかかったような、無視できない不快感が付き纏う。
──何より。
(…俺はあの夜、何か用事を抱えていたはずだ)
自分自身にも感じているのだ。
杏寿郎が千寿郎を捜し戻ってきた、あの夜。自分も何か大事な用事を抱えて、夜中に煉獄家を出る予定ではなかったかと。
しかしそれは分厚い雲に覆われたかのように、いつまでも頭を晴らしてくれない。