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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第25章 灰色万華鏡✔



「あの時は驚いたなァ。なんせ死んだと思っていた女が、別人みたいな顔して歩いてたんだからよ」

「そんなことどうでもいい! 八重美さんから奪った名前を返して!」

「ンなこと言われたって、奪ったのはオレじゃねぇよ。テンジだ」


 肩を竦めて白々しく頸を振る与助に、蛍の牙が唇を噛む。

 そこまでテンジの血鬼術を理解しているのなら止めることもできたはずだ。
 現にテンジは与助の言うことなら聞いている。
 蛍もそのお陰で、名を奪われずに済んだのだ。

 それでも八重美は名を奪われている事実から、結び付く結論は一つ。

 与助は八重美を助けなかった。
 見捨てたのだ。


「他人に責任を擦り付けるな。その子に神隠しをさせていたのも、あんたでしょ。月房屋の周りで女性を物色していたのは知ってる」

「へえ? 懐かしい名前だなぁ。その月房屋はもうとっくの昔に無くなっちまったがな」

「…あんたの目的は、年端もいかない少女じゃない。女として機能してる女性だ」


 いくらテンジが鬼であっても、与助の言いなりになっているならば叩くべきはこの男だ。
 あけすけに笑う与助を睨み見据えたまま、蛍は間髪入れず問いかけた。


「目的は何」


 わざわざ少女が狙われていると噂を流してまで、若くも実りある女達を炙(あぶ)り出そうとした。
 そこまでして攫っていく理由はなんのか。


「八重美さんを攫って、何をしようっていうの」


 人質として金を要求するでもない。
 テンジには恐れていたが与助にはそこまで反応をしていないところ、手元に置いてこき使っている訳でもない。
 ならば攫った先には何があるのか。


「オレもテンジの力を知って驚いたんだけどよ…名前ってのは不思議なモンさ。そいつを取られた奴は、精魂尽き果てたかのように別人になっちまう。見てみろ、その女を。お前がそんな目に合ってるってのに、助けようともしねぇ」

「…っ」


 与助の言う通りだった。
 八重美は座り込んだまま、蛍を救おうとも逃げ出そうともしない。
 その場に力尽きたかのように蹲っている。
 まるで先程の気迫が嘘のように。

 それでも立場は理解しているのか、俯き静かに震えていた。

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