第25章 灰色万華鏡✔
「おいおいおい。人が留守してる間に、なんてことしてやがる」
足音は、少年が来た方角から聞こえた。
呆れるような、詰るような。そんな声が近付く度、派手に輝いていた触手が意気消沈したように影っていく。
光を弱めてしおしおと萎んでいく様は、まるで植物が枯れていくかのようだ。
「油断も隙もねぇなァ」
足袋の形をしたゴム靴が、光を弱める星屑を踏み付ける。
鬱陶しそうに触手を払いながら現れた男に、蛍は目を見開いた。
欲を含んだようなつり目。
獣を思わせるような形相。
音もなく息を呑む。
何故なら。
「与助…!」
喉から手が出る程に、死を願っていた男だったからだ。
「オレの名前じゃあねェか。憶えててくれたのか?」
一度目に駒澤村で出会った時のような、弱々しい挙動は消えていた。
それでも偶に舐めるように向けられていた視線は昔から何も変わっていない。
松平与助。あの男だ。
ばきりと蛍の指が骨を慣らす。
鋭く刃物のように伸びる爪に、与助は足を止めると片手を軽く上げた。
「テンジィ。遊びは終いだが、そいつはしっかり押さえとけよ」
呼びかけに応えた者はいない。
ただ、びくびくと与助を見上げる少年だけが、反応するように視線を逸らした。
「お前…ッお前だけは…!」
「殺してやるってか?」
怒りで肌の上に血管を浮かび上がらせ、鬼の形相で唸る。
蛍のその様に退く様子もなく、与助は物珍しげに笑った。
「お前、本当に化け物になっちまったんだなァ…折角女郎としての腕はあったってのによ。勿体無い」
瞬間、蛍の瞳が血よりも濃く染まる。
(誰の所為で…ッ!!)
人間でなくなったと思っているのか。
体に絡み付いていた触手を鷲掴むと、力任せに引き千切る。
牙を剥き出し襲いかからんとする蛍に、更なる触手が束になり巻き付いた。
「ぐ…ッぅ…!」
「やめとけやめとけ。此処はテンジの世界だ。この世界を自由にできるのはアイツだけなんだよ」
(てん、じ?)
何処かで聞いた言葉だ。
それが何者かを示す名だと気付いた時、正体を悟った。