第25章 灰色万華鏡✔
腕の中の八重美が悲鳴を上げてしがみ付く。
それでも蛍の速度は緩まなかった。
真上から、真横から、我先に捕らえようと突っ込んでくる金色の触手を、飛び越え掻い潜り回避する。
行き先もわからないが、ただひたすらに前へ前へと風を切り駆け抜けた。
しかし足元に散らばる星屑は、逃げる先にも無限にあるのだ。
駆けても駆けても手の雨からは逃げ出せない。
(あの手に触れても捕まったことになる…!? だとしたらまずい!!)
前方からも襲い来る無数の手を、走り抜け様に体を斜めへと倒し避ける。
倒れ込む体が藍色の地面へと触れる前に、足元の影が盛り上がり蛍の体を押し上げた。
(影鬼は使える…ッそれなら!)
ジャッと足を滑らせ反転させて急ブレーキ。
追いかけてくる少年へと向き合う形で、蛍は足を止めた。
「蛍さんっ!? 逃げないと…っ」
「逃げてもあの手は振り払えません。キリがない」
「なら、どうすれば…ッ」
「逃げられないなら道は一つ」
ゆらりと、蛍の足元の影が波打つ。
「邪魔するものを倒すまで」
蛍の足元から噴き出すように、円状に影が波を起こす。
四方八方から向かい来る無数の手を、黒い津波が衝突すると同時に押し流した。
波のようで波ではない。
黒い影が巻き込んだ手に次々に絡み、へし曲げては押し潰していく。
突然目の前に現れた黒い壁に、少年の団栗眼が大きく見開いた。
「なに? なに!」
無数の触手を全て打ち消す程の黒い壁だというのに、少年の目に恐怖はない。
寧ろ好奇心で踊るようにきらきらと輝いた。
「ほたる! すごい! すごい!!」
声を転がすように笑うと、両手を上げてはしゃぐ。
その手がゆらゆらと揺れれば、同じく波打つ金色の腕達が重なり束になり始めた。
一本一本は細い腕が、幾重も重なり太く変わっていく。
伏見稲荷大社の巨大鳥居の柱を十本束ねたような、分厚く太い腕だ。
ぶおんと揺れるだけで、空気が震える。
その腕が波打つ黒い壁を薙ぎ払うように衝突した。
「ぐ…ッ!」
びりびりと蛍の肌を粟立たせる。
それ程までに重い一打だった。