第25章 灰色万華鏡✔
捕まえようと伸ばしたままの、片手をぶらりと下げる。
ぽつんと取り残されたように立つ少年の大きな団栗眼が、じっと蛍を見つめていた。
「ほたる…つかまえた。ちがう」
ふるりふるりと頸を横に振る。
「つかまえた。ない。にげた。ほたる」
何度も、何度も。
「にげた。にげた。にげたにげたにげたにげににげたにげたにげたほたるにげたにげにににげたたほたるほたる」
ぽつぽつと落ちていた声が、幾度も重なり急速に膨張する。
まるで一人の少年から、幾つもの声が重なり響いているようだ。
背筋に寒気が走る。
少年の連呼する様は、あの獅子舞の口の中で聞いた声を思い起こさせた。
(あの時の"あの声"も、あの少年のものだった?)
詳細は掴めない。
だがそうだと考えれば、現状辻褄は合う。
少年の能力により、神隠しにあっているのならば。
「…八重美さん、走ります。掴まって」
「は、はい」
見た目は普通の少年だが、ぶつぶつと何度も単語を繰り返す様には異様なものを感じた。
危険だ。
離れなければ。
八重美を抱いたまま背を向けた時、少年の声が一層膨張を増した。
「にげる。だめ。だめ、だめだめだめめだめだだだめだだめだめだめだめめだめ」
幼い手が追うように伸びる。
しかし二人には到底届かない距離だ。
「だめッ!!」
拙い声が咆哮のように届く。
それは声だけでなく、気迫による圧を蛍の肌にびりびりと感じさせた。
「──ッ」
圧だけではなかった。
ふ、と視界が暗くなる。振り返るまでもなく、見上げた蛍の視界に映り込んだもの。
「な…っ」
それは覆い被さろうとしてくる無数の手だった。
金色に輝く手の生え所は、足元に輝く数多の星屑。
そこから一斉に飛び出したのだ。
「っ!」
「きゃあッ!?」
光り輝く様は見事なものだが、無数の腕が触手のように伸びるような様は異様でしかない。
蛍を捕えようと一斉に槍のように降り注ぐ。
弾丸のような手の雨の中を、蛍は駆け出した。