第25章 灰色万華鏡✔
「ほたる?」
唖然と立ち竦む蛍に、少年が頸をこてんと傾げる。
言葉にならない驚きを呑み込んで、蛍はただただ目の前の愛らしい少年を凝視した。
「ほたるーっ」
頸を傾げていた少年が、不意に両手を突き出し迫る。
鬼ごっこをしている最中だ。
逃げる獲物は捕まえなければ。
「蛍さん…ッ」
「つーかまーえた!」
小さな紅葉のような手が、蛍の体にぴたりと触れた。
「…ほたる?」
かのように思われた。
「ほ、蛍さん…っ?」
「状況は半分くらいしか、理解してないけど。あの子が危険だってことはわかりました」
きょとんと立ち竦む少年の前に、蛍の姿はない。
忽然と消えた人影は、いつの間にか二つに重なり合っていた。
とん、と蛍の足が星屑の上に下りる。
少年から距離を置いた所に、八重美の体を抱き上げ立っていたのだ。
「一先ず逃げの一手。八重美さんにもつき合って貰います」
「ぁ、あの…っ」
「静子さんの下に連れ帰ると約束しましたから」
突然の状況におろおろと慌てていた八重美の目が、蛍の言葉に止まる。
杏寿郎とは違う。
静子という名を聞いても何も思い出せない。
なのに何故か、すんなりとその言葉は呑み込むことができたのだ。
「で…でしたら私も一緒に走りますっ」
「お気持ちはあり難いですが、私が運んだ方が速いです」
「それでは追い付かれて…っ」
「大丈夫」
軽々と八重美を姫抱きにしたまま、蛍の足腰は揺るがない。
「あの炎柱に鍛えてもらってますから。八重美さん一人くらい平気で運べます」
実際に抱いた八重美は、線の細さに見合う軽さだった。
これならば抱いて走ったところで早々に疲れることもない。
なにせ岩柱の所持する山奥で、何本もの丸太を一度に担ぐ稽古をさせられたのだ。