第25章 灰色万華鏡✔
「私から見れば、八重美さんは立派な御家柄のご息女です。私の方こそ様を付けて呼ばないと」
「そんなことは」
「なら、八重美さん。それで譲歩しますから、私のこともそう呼んで下さい」
「…蛍、さん…」
「はい」
観念したように小声で呼ぶ八重美に、にっこりと笑顔を返す。
記憶は曖昧だが、杏寿郎や鬼殺隊のことを憶えている。
交わす言葉も、あの時出会った八重美の面影を残している。
やはり彼女は幻ではなかったと、蛍は安堵の息をついた。
「静子さんのことも、会えば思い出すかもしれません。出ましょう、此処から」
「ここ…?」
「あ、この雲の中からです。この世界自体は、どうなっているのか私もよくわからなくて…八重美さんは知っていますか?」
「…気付いたら、此処に…いて…」
「同じです。私も、気付いたらこの場にいました」
となると、自分も神隠しと同じ類に巻き込まれてしまったのか。
静子は、消えた八重美のことを記憶の片隅にも憶えていなかった。
ならば現状杏寿郎達も、蛍の記憶を失くしているのか。
(私のこと…忘れられてるの、かな…)
しかし自分は八重美のことを憶えていた。
それと同じに、蛍のことを記憶している者もいるのかもしれない。
(でもなんで、そもそも私は憶えていたんだろう…?)
記憶を失くした静子達と自分との決定的な違いは、人か鬼かだ。
それが理由なのか。
だとしたら、やはり記憶を操作しているのは悪鬼なのか。
(でも華響の時は、血鬼術は対鬼にも効いていた)
京都で対峙した鬼との一戦を思い出す。
効果があるものとないものとで存在でもするのか。
どんなに頭を捻って考えてみても、答えは出ない。
「ほたる」
そんな問答を繰り返していた為か。声が耳に届いて初めて、少年が傍に来ていたことに気付いた。
カシャン、と転がるような音が飛ぶ。
辺りを覆っていた霧が散るように薄くなり、周りを囲っていた雲の表面が消えたことに気付いた。
何が起きたのかわからなかったが、誰の仕業かはわかった。
振り返った蛍の目に、薄れる霧の中の人影が映し出される。
「みぃつけた」
あの少年だ。