第25章 灰色万華鏡✔
(自分を、憶えていない?)
記憶操作はそこまで及ぶのか。
それは一体誰の仕業なのか。
「…八重美さんです。伊武、八重美さん。聞き覚えないですか…?」
「…はい…どうにも自分の名前のようには思えません…ですが、思い出すこともできなくて…それが私の名前なのでしょうか…」
「伊武静子さんも…?」
「…はい…」
「煉獄、杏寿郎は?」
「…杏寿郎、さま…?」
「!」
誰か一人でも記憶にある人を、と名を出したつもりだった。
八重美の瞳が、杏寿郎の名を口にした途端に変わる。
まるで感情が蘇るかの如く、色付く瞳に蛍は一瞬口を噤んだ。
(って。何考えてんの自分)
それもすぐに自分自身で詰る。
少しでも記憶にある事柄を引き出せることは願ったりなことだ。
それを喜ばずしてどうする。
「煉獄杏寿郎。憶えてますか? 鬼殺隊の炎柱です」
「杏寿郎…様…」
「はい。八重美さん、そんなふうに呼んでました。杏じゅ…師範と、顔見知りな様子で」
「師範?」
「私は、炎柱の継子です。煉獄師範の下で鍛錬を積んでいる者です」
「そう、なんですか…鬼殺隊の」
「憶えているんですか?」
「はい。鬼殺隊は、記憶にあります。…というより…今、思い出しました」
「今?」
「貴女の…蛍様の、お言葉を聞いて」
胸の前で拳を握る。
片手で包むように抱いて、八重美は始終か細く紡いでいた声を初めてはっきりと吐露した。
「私は、杏寿郎様にお力添えができるならと。働いていたように思います」
そこには八重美の意志が感じられる。
蛍もそこでようやく、口角を上げた。
「そう、そうです。鬼殺隊に助力してくれていました。八重美さんも、静子さんも」
「…蛍様も、その一員だったと…」
「蛍様なんて、そんな大層な呼び名は必要ありません。私は平隊士みたいなものなので…」
「それでも私には、尊敬すべき鬼殺隊の一員です。軽率には呼べません」
「なら私も、八重美様って呼びます」
「そ、そんな。ただの民である私のことなど…」