第25章 灰色万華鏡✔
「八重美さんですよね…っ!?」
「え…っ」
思わず両肩を勢いで掴む。
華奢な体に、儚げな声。線の細いその姿は、一度しか見ていないが確かに伊武八重美本人だった。
「ずっと捜していたんですっ静子さんも憶えていなくて…ッ」
「静…? え、あの…っ」
「あっごめんなさい」
つい色んなものが力んでしまっていた。
蛍の勢いに流されるままの八重美は、目を白黒させている。
我に返った蛍は声色を抑えつつ、それでも嬉々とした空気は隠せなかった。
「よかった、本当に。やっぱり八重美さんは幻なんかじゃなかった…っ」
「…あの…」
「はい」
「私のことを、知っているのですか…?」
「勿論っお会いしたのは一度だけですが、静子さんとは何度か出会っています」
「その…静子さん、という御方は?」
「え?」
弱々しい問いかけ。
それでも蛍の思考を止めるには、十分なものだった。
「私と、どのような関係の御方なのでしょうか…」
「何を…言って…」
母であろう人だ。
それが誰だかわからないという様子の八重美に、蛍は唖然とした。
「静子さんは、八重美さんの母親です。家族です。私が初めてお会いした時も、お二人で一緒にいましたよ」
「……」
「…憶えて、ないんですか…?」
「……すみません…」
主張など何一つなく、視線を下げる。
弱々しい八重美の謝罪が、全てを物語っていた。
(静子さんだけじゃなく、八重美さんも記憶操作されているってこと?)
神隠しは、周りの者達だけでなく本人の記憶にも被害を及ぼすのか。
「…あの、」
咄嗟に頭を回転させる蛍を、八重美の声が呼び戻す。
「もう一度、教えて頂けませんか」
「静子さんのことですか?」
「いえ。…やえみ、と」
静かに困惑する蛍の思考に、それは追い打ちをかけるかのようだった。
「私の名前は、八重美というのですか?」
「…ぇ…」
己の名前さえ記憶にない。
八重美のその問いかけに、今度こそ言葉を失った。