第25章 灰色万華鏡✔
目の前の雲程度なら、助走も付けずに飛び乗れる。
ふわりと柔らかな弧を描きながら、蛍は雲の上へと跳んだ。
ぼふりと、両脚が綿菓子のような表面を凹ませる。
ただし動きはそこまでで、雲の中に入り込むことはできなかった。
(あれ。雲って意外としっかりしてるんだ)
ぼふぼふと試しに足踏みしてみるも、実態は確かにある。
実際の雲もそうなのだろうか。
空を優雅に飛ぶ鳥達は、障害に見ているようには感じられないが。
と、あれこれ思考を巡らせてみても、結局自分には雲の原理などわからない。
ただ確かなのは、踏み付けているものがこの世界の雲であること一点のみ。
柔らかな雲の感触を半ば楽しむように、足踏みしていた時だった。
「もふも…ッ!?」
急に足場の弾力がなくなった。
踏み付け過ぎた所為か。ずぼりと、足が雲の表面を突き抜けたのだ。
薄い膜を突き破ったような感覚で、蛍の体が雲の中に吸い込まれる。
一度目の飛躍の時は猫のようになんなく着地してみせたが、今回は驚きが勝った。
一瞬反応が遅れたばかりに、一度目よりも格段に地との距離は近く、尻もちを着くようにずだんと不格好に落下した。
「ぃッたぁ…!」
思わず尻を押さえて膝立ちに悶える。
「ひ…!」
情けない、か細い悲鳴が零れた。
(…"ひ"?)
否。それは己の悲鳴ではない。
膝立ちのまま、顔を上げる。
雲の中は薄い霧状のようだった。
それでも何かが蛍の視界を蠢く。
まるで、人影のような。
「ま…待って!」
大きさからして少年ではない。
気配から敵意は感じられない。
ただ蛍に驚いて逃げ出すような仕草に、咄嗟に駆け出していた。
この場は不可思議な世界だ。
情報収集の一歩は、この場で意思を持つ者との接触。
気配と、ぼんやりと感じる人影だけを頼りに駆ける。
謎の影は驚く程、俊敏さがなかった。
なんなくその腕を掴めば、びくりと恐怖による反応が伝わってくる。