第25章 灰色万華鏡✔
不可思議な反転世界。
其処に住まう少年もまた不可思議な存在だ。
ただし身体能力は少年のままなのか、易々と逃げ切ることができた。
(もう、大丈夫かな…)
振り返れば、少年の姿は小さな米粒のように見える。
それでも此処は、空が地面。
遮るものなど何もない為、追いかけてくる鬼役の視界から隠れることはできない。
(このまま走り続けても体力に問題はないけど、煉獄屋敷から離れてしまうし…一度、何処かで身を隠せれば…)
そんな場所はないかと、辺りを見渡す。
空には沢山の家や物が存在しているというのに、そこには届かない。
せめて高い建物があれば、手が届く範囲内に入るかもしれないのに。
そんな思いで必死に真上を見上げながら、走り続けた。
「んぶッ!?」
だからなのか。
目の前にあった障害物に気付かなかったのは。
いきなりもふりと顔を覆う何か。
弾力的なそれに跳ね返されて、急ブレーキをかける。
「な、に…っ」
反射的に顔を手で覆い後退る。
しかし痛みは感じなかった。
目の前にあったのは、藍色の世界に浮いている濃い霧のようなもの。
星屑の光に照らされて、薄らとその存在を主張している。
実際に間近で見たことはない。
それでも本来空に在るべきものといえば、自然と答えを導き出せた。
「…雲…?」
夜空にだって雲は浮かぶ。
それが触れられるものなのかどうなのか、実際には知らない。
それでも確かに、蛍の目の前に存在していたのは雲の塊だ。
「わ…」
恐る恐るともう一度手を伸ばせば、もふんと柔らかな感触が掌に広がる。
言い換えるなら、粘着のない綿菓子のような。
ふわふわと優しく掌を包むようで、跳ね返してくる未知の感覚に蛍は高揚した。
雲に触れるなど、本来の人生なら経験し得なかったことだ。
「って感動してる場合じゃないッ」
ついもふもふと感触を楽しんでいたが、はっと我に返る。
今は鬼ごっこの真っ最中だ。
そして探し求めていた物理的なものを、触れられる距離で見つけることができた。
これを好機とばかりに、蛍は再び飛躍の体制を取る。
(雲の中って、飛び込めるのかな)
ドキドキと、どうしても高鳴る気持ちは抑えられずに。