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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第25章 灰色万華鏡✔



 少年に見つからないように、などと考える余地はなかった。
 すぐさま飛躍の体制に入る。

 人間の時は考えられなかったが、鬼と成り鍛錬を重ねることで屋根の上にも片足一つの跳躍で飛び乗れるようになった。
 空に逆さまに浮かぶ煉獄家にだって、届かないことはない。


(助走を付ければ…ッ)


 少年が幾つ数えるかまでは把握していない。
 すぐさま行動に移すと、蛍はその場から駆け出した。

 低い体勢で、水面擦れ擦れを飛ぶカワセミのように藍色の空を駆け抜ける。
 平坦な空には坂も下りもない。
 飛躍するタイミングは、己の呼吸のみだ。

 煉獄家の屋根を目先に捉えた位置で、ぐっと低く膝を折り畳む。
 足の爪先で踏ん張り、瞬発的に力を溜め込んだ。

 音もなく。土も石もない不可思議な空の地を蹴り、蛍はその場から跳んだ。


「っ…!」


 しかし目の前に広がる屋敷の姿は視界を覆う程だというのに、距離は予想よりもずっと遠かった。


(これじゃ届かない…!)


 京都の伏見稲荷大社で見た巨大な鳥居にも届かんとする距離を跳んだというのに、全く近付く気配がしない。
 これではまるで、空に浮かぶ雲を掴むような気分だ。
 はっきりと目視できるだけであって、実際は雲と同じく遥か彼方にあるものなのかもしれない。

 包帯の巻かれた腕を伸ばす。
 怪我の名残りか、影鬼は皮膚の上をじわりと這うだけだ。


「だめ、だ」


 苦々しく呟くと同時に、勢いを失くした体が背中から落下する。
 ひらりと宙で猫のように反転すると、蛍はなんなく両脚ですたりと着地した。


「──とお!」


 それと同時に、少年が十を数え切る。
 それが数の終わりだったのだろう。目元を覆っていた両手を離すと、振り返った。


「あっ」

「げっ」


 目が合うのに数秒もかからなかった。
 なんたって逃げてはいないのだ。
 見つかって当然である。

 ぴょこんと飛び跳ねてこちらへ駆けてくる少年に、咄嗟に逃げの道を取る。
 鬼ごっこを楽しむ気はなかったが、ここで捕まっては何も解決しない。


「ほたるー! まてー!」

「ま、待たない…!」


 きゃいきゃいと楽しげに追いかけてくる少年から、一目散に逃げ出した。

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