第25章 灰色万華鏡✔
「ほたる。にげる」
「そう。私が逃げる。君が、追いかける」
「つかまえる」
「うん、鬼だからね。私のことを捕まえる」
「つまかえる。したら、もらう。いい?」
「したら? あ、その後のこと? 次は私が鬼ってことかな…いいよ。次の鬼は」
「ううん」
「違うの?」
ふるふると頸を横に振ると、少年は幼い紅葉の手を蛍へと差し向けた。
「ほたる。つかまえる。ほたる。もらう」
「私を…貰う?」
「ほたるのほたる。もらう。いい?」
「私の私……って何」
話ができているようで、時々訳のわからないことを言う。
蛍の蛍とはなんなのかと、考えても明確な答えは出てこない。
比喩的表現だろうか。
「(まさか…)…命、ってこと?」
「いのち? んーん!」
「あ。違うの?」
「ほたるのほたるもらう! いのち、ちがう!」
「ええー…難しいなぁ」
どうやら命ではないらしい。
となるとそう重大なものでもないのか。
緊張感のないやり取りに肩の力を抜きながら、蛍は仕方なしにと頷いた。
突拍子のない発言は、子供さながらだ。
「わかった。じゃあ、私を捕まえたらね」
その時になれば少年の言いたかったこともわかるだろう。
(それに、悪いけど)
そう易々と捕まる気はない。
逃げる間は自由に行動できる。
その間に、杏寿郎達を見つけ出さなければ。
頷く蛍に、少年の瞳の奥が期待で弾む。
くるりくるりとその場で踊るように回ると、背を向けて止まった。
「おに! かぞえる!」
両手で目元を覆う。
どうやら数を数えて待機をするらしい。
鬼ごっこのルールはきちんと頭に入っているようだ。
「ほたる。にげる!」
「わかった。じゃあ、見たら駄目だよ」
「んー!」
高く拙い返事を一つ。
背を向けたまま、少年は大きく口を開いた。
「ひとーつ。ふたーつ。みぃーっつ」
ゆっくりと歌うように数え出す。
その声を背に受けて、蛍は踵を返した。
目指すは、真上に建つ煉獄屋敷。