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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第25章 灰色万華鏡✔



(あそこに杏寿郎がいる…っ?)


 世界は反転しているが、確かにそれは見慣れた煉獄家だった。
 重力はちぐはぐとなっているが空の小川は確かに流れていたのだ、時が止まっている訳ではない。
 あの家の中にも、本来あるべき住人が存在しているかもしれない。

 杏寿郎や千寿郎に会える。
 かもしれないのだ。


(此処から届く? 距離はあるけど、足は怪我してない。脚力でどうにかならなくても影鬼を使えば…っ)


 体制を低く、飛躍する準備に入る。
 足腰に力を溜めるように、呼吸を整えた。


「す──」

「ほたる!!」

「んぐっ!?」


 細く長く整えようとした呼吸を乱したのは、どんと背中にきた衝撃だ。
 振り返れば、あの少年が抱き付いている。


「ほたる! あそぶ!!」

「…けほっ」


 睨み付けるようにして何を言うかと思えば。
 思わず背中の衝撃にて小さな咳が零れた。


「え、っと…ごめんね。ちょっと、別件の用事が」

「あそぶ!!」

「…ええと」

「あーそーぶー!!!」

「ぇぇぇ…」


 現状が現状だ。
 ただ我儘に喚くだけなら心を鬼にもできた。
 それでもわなわなと四肢を震わせ、大きな団栗眼にみるみる涙を溜めていく少年の姿にはたじろいだ。

 今にも洪水のような号泣を始めるのではないか。
 そんな幼い子供の癇癪を直前にして、心は鬼に染まり切れなかった。


「んん…こほん。あのね、おねーさんにも譲れないものが」

「ッふ、え」

「ああごめんごめん! ごめんなさい! 私が悪かったです泣かないで!」


 腰を屈めたまま向き合うように振り返る。
 それでもどうにか意思を伝えようとすれば、途端に少年の震える唇が開く。
 零れる空気が泣き声へと変わる前に、蛍は咄嗟に小さな両手を握った。


「わかった、鬼ごっこしよう! ただし君が鬼ね。それでいい?」

「…お、に?」

「そう」


 少年を鬼にすれば、追いかけずに済む。
 逃げ回る中で、あの煉獄家を目指すことができる。
 そう踏んでの提案だ。

 半ば騙しているようで気も退けたが、背に腹は代えられない。
 帰らなければならないのだ。
 あの家へ。


「いい、よ。おに。する」


 言葉は正しく伝わったようだ。
 溜まった涙を引っ込めると、少年は瞬く間に笑った。

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