第25章 灰色万華鏡✔
「ほたる、あそぼ! おにごっこ!」
「えっ」
幼い両手が、蛍の片手を握る。
強く引かれて思わずよろけた。
「あ、遊ぶったって、此処が何処かもわからないのに…っ」
「おうち!」
「あ、ハイ。おうちね、おうち。だけどこんな何もない所で逃げ回るにしても…味気ないというか」
何を真面目に答えているのか、と自問自答する。
しかし思わず呟いてしまう程に、世界は何もない藍色なのだ。
「あじ…?」
「あ。ごめん。失礼だったね」
誰の「おうち」かはわからないが、少年の「おうち」かもしれないのだ。
知らない単語に頸を傾げる少年へと、頭を下げる。
「ほたる」
二度程、手を引かれた。
「なぁに?」
「おうち。ひろい」
「うん。広いね、此処」
「いっぱい。ある」
「うん?…あ、この星屑みたいなもののこと? 確かにきらきら光ってて綺麗だけど…」
「ある。こっち!」
「こっち?」
蛍の手を握ったまま、少年が両手を真上に掲げる。
万歳をするような姿勢で空を見上げる姿に、つられて蛍も視線を上げて──目を、見開いた。
「…ぇ…」
地面は不可思議な藍色の世界。
ならば空が空の形をしていなくても可笑しくはないだろう。
それでも声が掠れる程に、驚き息を呑んだ。
見上げた先は、空ではなかった。
慣らされた土。
静かに流れる水。
意図的に作られた建造物。
それは小道であり、小川であり、並ぶ家並みだった。
本来ならば足元にあるはずのものが、空に浮いている。
建物に至っては、屋根を蛍へと向けて逆さまに立っているのだ。
「…な…に…これ…」
まるで、世界を反転させたかのように。
「…ぁ」
感情は追い付いていないのに、唖然とそこにだけは結び付いた。
足元を見下ろす。
吸い込まれそうな海底のような深い藍色。
そこに種を蒔いたかのように散らばる星屑。
「…空?」
上に土や建物があるのなら、今踏みしめているこれこそが空ではないのか。
奇天烈な発想ではあるが、ある意味では理にかなっている。