第25章 灰色万華鏡✔
「…杏寿郎…千、ふん」
ほろりと零れ落ちた名に、はっとする。
そうだ、二人は。
視界が暗転する直前まで、二人と共にいたはずだ。
「杏寿郎…っ千ふんッ」
包帯を巻いた口元に、同じく包帯を巻いた両手を添えて呼ぶ。
声を張っても唇は痛くない。
寧ろ巻いたそれが邪魔だと、鼻の頭まで覆っていた包帯を思いきってずり下げた。
千寿郎に見つかれば咎められてしまうかもしれないが、背に腹は代えられない。
「杏寿郎! 千くん!」
大きく口を開き、遠くまで声を飛ばす。
反響するように、語尾が弧を描くように伸びては消える。
しかし返されたのは静寂のみ。
物音一つしない空気は、この世に一人でいるかのような錯覚に陥らせる。
「…っ……きょ、じゅろ…」
ほとりと、感情を表すように気弱な声が途方もなく零れた。
何故二人は消えたのか。
此処は何処なのか。
一体自分はどうなってしまったのか。
──カシャン、
何かが零れ落ちるような音。
深い藍色の世界に落ちゆく蛍の意識を、繋ぎ止めた。
──カシャ
──カシャン
何かが跳ねるような、落ちるような、転がるような。
どう例えればいいのか、それすらも定かではない。
けれど不思議と懐かしい。
そんな不可思議な音が、空気を揺らす。
カシャンと音が零れ落ちれば、藍色の世界に波紋が広がる。
緩やかに、見えない空気の層を広げる。
その気配に、蛍は振り返った。
「ほ。ほ♪」
何かがこちらへ駆けてくる。
跳ねては滑り、踊るように。
「ほっほっ♪」
小さな足が、金色の煌めきの上だけを踏んでは跳んでいく。
カシャリ、と音を立てる度に煌めきは一層輝きを増し、小さな足場を照らし出した。
右へ、左へ、前へ。
肌の色がはっきりとわかる程近くに跳んできて、ようやく蛍はそれが人であることに気付いた。
「ほ。ほ!」
健康的な血色の良い肌に、柔らかな黒髪。
大きな団栗眼は幼い顔をより愛嬌よく惹き立て、ふっくらと柔らかそうな頬は淡く色付いている。
一見すると、十にも満たない幼い少年だ。