第3章 浮世にふたり
ぴくりと、頸に添えられていた刀が微かに揺れた。
『お前…』
見下ろしてくる感情の見えなかった黒い瞳が、何かを伝えてくる。
その意図がわからず動けないままでいた私に、男は問うた。
『何故、その名を口にできた』
と。
「見えるか」
再度問いかけてくる。
頷きだけでは足りなかったのか。
「…見えてる」
あの時のような、途切れて掠れた声じゃない。
それでも恐る恐る伝えれば、またも黒い瞳が何かを伝えてくる。
彼の名前は冨岡義勇と言った。
鬼狩りと称される鬼殺隊の隊士である彼は、だけどあの時あの朝焼けのあばら家の中で、私を殺さなかった。
鬼舞辻無惨に鬼にされた者は皆、始祖の血により呪いを掛けられる。
弱い鬼なら容易く死んでしまう呪いの一つが、"その名を口にすること"。
だけど私は無惨の名を呼んでも死ななかった。
そこに冨岡義勇は目を止めたんだ。
その結果、彼の手によって私はこの総本部へと連行された。
彼の意図は未だによくわからない。
でも私はまだ奇跡的に命を繋げている。
「包帯…」
目的物であろう、包帯を持って去るんじゃないのか。
そういう意味で告げれば、またも無言で返される。
この冨岡義勇という男は、饒舌な時もあるけれど基本は無口な部類なんだと思う。
言葉が足りない、と言うか。