第25章 灰色万華鏡✔
「父上が触るとも考え難いな…。ああ、この間の虫干しの痕跡ではないのか?」
「虫干し…確かに、しましたが…そう、なのかな…」
どことなく腑に落ちずに傾く千寿郎の頭に掌を乗せると、杏寿郎は優しく一度だけ撫で付けた。
「千寿郎にはいつも家のことを任せているからな。疲れが出たんだろう。次の虫干し時期にも兄を使ってくれ。力仕事は全て担う!」
眉尻を跳ね上げ笑う兄の笑顔には、いつも元気を貰える。
つられて頬を緩めると、千寿郎も素直に頷いた。
「はい。兄上のおかげでこの間の虫干しもあっという間に──」
終えられた。
細かな気配りで、本や衣類の整理を率先してくれたお陰で。
『必要な時には呼んでね。鎹鴉を飛ばしてくれれば、それこそ飛んで帰るから』
そう、兄と同じことを言って。
(兄上…"と"?)
自分で自分に問う。
何を惚けたことを。兄と同じようにではなく、あれは兄の言葉だった。
「千寿郎? どうした?」
「あっいえ」
「疲れが出たんじゃねェのかァ?」
顔を覗き込んでくる杏寿郎に、はっと我に返る。
じぃっとこちらを見てくる実弥に羞恥心が勝り、慌てて空になった湯呑を盆へと回収した。
「私は大丈夫です。父上に先に夕餉をお出ししてくるので、兄上達は先に湯浴みをなさってくださいっ」
「む。あいわかった!」
「転ぶなよォ」
ぺこりと頭を下げて、足早に台所へと戻る。
既に準備の整っている竈の前で一息つくと、ぺちりと小さな両手で頬を叩いた。
(いけない。兄上にも不死川様にも迷惑をかけたんだから、余計な心配をかけたら駄目だ)
鬼の蔓延る時間帯に、一人で家を飛び出すなど。
今振り返れば、とんでもないことをしたと後悔は募った。
だからこそこれ以上、心配をかけてはいけない。知られてはいけない。
あの日の夜から、何か蟠(わだかま)りを残すような心のつっかえがあることなど。