第25章 灰色万華鏡✔
着ていた胴着は切り刻まれ、握っていた木刀も半壊状態。
高い天井を見上げながら、実弥は腑に落ちない顔を見せた。
「服も得物もお前んちのモンだろォ。俺はどうなったって構やしねェけどよ。加減したいなら、テメェが手ェ抜かなくてどうする」
「…そうだな…」
稽古を木刀のみで終わらせなかったのは杏寿郎だ。
仰向けに寝ていた体を横に立てて、頬杖を突く。
そうして隣に同じく寝転がる炎柱の顔を伺い、実弥は眉を顰めた。
「何に荒立ってんだァ、お前」
杏寿郎と稽古を交えたのは、何もこれが初めてではない。
いつもは激しい剣技ながらも爽やかな空気を残す杏寿郎が、今日は違った。
何か思い詰めていることでもあるのか、と思えるような荒立ち様。
向けられた拳も、洗練さが欠けていたように感じる。
「上手く、集中できなくて」
「なら肉体より、精神の鍛錬でもすりゃよかったんじゃねェのか」
「…よくわからないんだ」
のそりと体を起こした杏寿郎が、深く息をつく。
その視線は道場の木目の床に落ちたまま、どこか宛てのないものを見ているようでもあった。
「じっとしていると胸騒ぎがして。よくわからない感情が渦巻く。こんな所で悠長にしていていいのかと」
「例の鬼か?」
「うむ…そうやもしれんな」
「悠長につったって、昼間は鬼は出てきやしねェ。捜すなら夜だ」
「そうだな。不死川の言う通りだ。すまん、意味のない話をした」
「…別に」
ぐっと口角を引き上げいつもの笑顔を見せる杏寿郎に、続けて実弥も身を起こす。
見慣れた杏寿郎の笑顔だったが、なんとなく見過ごせない気がした。
(こいつ、此処ではこんな顔して笑ってたか?)
鬼殺隊ではよく見かけていた笑顔だ。
しかし生家となるこの煉獄家では、他人に向けるような笑顔を浮かべていただろうか。
もっと違う表情を、見たような気がする。
「兄上。不死川様。お稽古、お疲れ様でした」
あれはどんな顔だっただろうか、と思い出すに至る暇もなく、実弥の思考は遮られた。
道場の出入口に目を向ければ、杏寿郎に酷似した弟の姿。千寿郎が立っている。