第24章 びゐどろの獣✔
「……」
きょろりと、歪な瞳が三人の姿を見上げていた。
強い生命力を宿した、炎のような男。
その男と姿は酷使しているが、穏やかな心を持った少年。
そしてその二人に、支えられて生きる鬼。
「…ほ…?」
黒ずんだ小さな手が、杏寿郎を指差す。
違う。彼は口に出そうとしている名ではない。
なんと呼ばれていたのか。わからない。
「…あ…?」
赤子のようで赤子ではない手が、千寿郎を指差す。
違う。彼は姉ではないと言われた。
なんと言われただろうか。憶えていない。
「……」
顔の中心に埋め込まれたような目が、じっと鬼を見上げる。
「…おに…」
自分は鬼だと言っていた。
幾度も復唱して教えてくれた。
しかしその名を食べても、飲み込むことはできなかった。
違う。おにではない。
彼女の本当の名は、先程教えてくれた。
『私は、 っていふの』
なんと言っていただろうか。
「ほ…」
確か、あれは。
『蛍…?』
「──ほたる…」
そうだ。それだ。
あの炎の男が幾度も呼んでいた。
その名が、彼女を示す本物の名だ。
「ほたる」
左頬に張り付いた唇が、今一度その名を紡ぐ。
今度はしっくりときた。
「あ、待って杏寿郎」
「む?」
つい、と鉤爪のように曲がった人差し指を上げる。
指差した彼女が、思い出したように振り返った。
「ごめんね、無視ひちゃってて」
「…ほたる」
「あ。名前覚えてくれたの? 嬉しいな」
名を呼べば、唯一見える右目が細まる。
優しい瞳だ。
害はない。
「ほたる」
「うん」
「もう、いい?」
「…うん?」
呼べば、頷く。
問いかければ、頸を傾げながらも頷いてくれた。
「そうひえば、もういいってどういう意味? 何回か聞いたけど…」
「もう。いい。ほたる」
「?」
左頬を大きく裂くようにして、にんまりと不揃いな歯を見せて笑う。
蛍を指差したまま、その名を食らった。
「ほたる。みぃつけた」