第24章 びゐどろの獣✔
「あね?…あね!」
「ううん。千ふんは姉じゃないよ。弟」
「お…? お、に?」
「違う違う。鬼は私。ってさっきから鬼連呼するのきついな…私は、彩千代蛍っていふの」
「…?」
「難しいかな…彩千代、蛍」
「…ほ…?」
「ほたる、だよ。ほたる」
「ほ…っ」
「蛍…?」
ゆっくりと、己の名を教え込むように紡ぐ。
応えるようにその名を唱えたのは、目の前の子供ではなかった。
(──え)
蛍の目が転じる。
視線は、声の主を映し出した。
「カァ!」
何かを知らせるように、政宗が急遽空から舞い降りてくる。
しかしその羽搏きも泣き声も、蛍の耳には入ってこなかった。
名を紡ぐ蛍に、応えるかのように呼ばれた。
唖然と呟くような、どこか怪訝さを残す声で。
「姉上? 政宗が…」
「カァ! 炎柱! 炎柱ァ!」
「えっ? 炎柱って」
鬼の目は、灯りがなくとも見て取れた。
数m離れた先。
其処に立つ、自身が灯りを灯しているかのような人物を。
「千! 先ダ!」
「先?…あっ」
頭に乗る政宗の促しに、蛍と同じく先を見た千寿郎が声を上げる。
「兄上っ!」
閑静な住宅地だが、何も灯りは蛍の持つ提灯だけではない。
ぽつりぽつりと道脇に立つ街灯が、ほのかに道を照らしている。
千寿郎の目でも捉えることができた。
見慣れぬ人なら露知らず。誰よりも馴染んだその背格好を、見間違えるはずがない。
確かに其処には、杏寿郎が立っていた。
蛍と千寿郎を捜していたのか、僅かに息が切れている。
あの兄が息を切らすなんて、と驚きもしたが、尚も目を見張ったのはその反応だ。
「っ…」
吐き出したくて吐き出せない。そんな思いを呑み込むかのように、歯を食い縛る。
耐え難い苦痛のような表情で見つめる先は、包帯で顔と両手を覆い尽くした蛍だ。