第24章 びゐどろの獣✔
そもそも蛍に怖がっているのなら、何故裾を握ってきたのか。
(私に、気付いてくれてた訳じゃないのかな)
知った顔だと、近付いて来たのではないのか。
考えても答えは出ない。
仕方なしにと、蛍は中腰になるとなるべく音を立てないようにと、静かに子供に近付いた。
「ひ…っ」
「ひとつ。ふたつ」
一歩、足を進めるごとに数を唱える。
以前出会ったこの子供が、唱えていたように。
「みっつ。よっつ」
「ひ…」
「いつつ。むっつ」
「……」
「ななつ。やっつ」
一歩一歩、歩みば近付く。
聞き覚えがあったのか、子供の悲鳴が途切れた。
「ここのつ。とお」
子供のすぐ傍。
十の数で足を止めると、蛍はゆっくりとその場に屈み込んだ。
「こんばんは」
「……」
「また会ったね。私のこと、憶へてない?」
近くで見る異形の顔は、何度見ても異様だ。
それでも、害のある者ではないことは知っている。
怖がらせないようにと、なるべく穏やかな声で蛍は話しかけた。
「………ぃぃ」
「ん?」
「もう、いい?」
「あ、惜ひい。そっひじゃない」
「?」
両手で抱えていた頭を上げると、子供は不意に問いかけた。
そんな問いも以前聞いた気がするが、思い出して欲しいのはそこではない。
「鬼。私は、鬼、だよ」
「お…?」
「花。鬼。教えたれしょ?」
「は…な……お…に…」
「そう」
「お、に…おに?」
「そう、鬼」
「おに」
「おに」と呼ぶ子供に何度も蛍が頷けば、それが目の前の人物を指し示す言葉だと気付いたようだ。
何度も蛍を指差しては「おに」と呼ぶ。
「おに!」
「そうそう。あんまり喜び勇んで呼んでもらひたい名称でもないけど…」
「おに?」
「うん。間違ってはいない」
「ぁ、姉上…」
「大丈夫らよ、千ふん。この子から悪い気配は何も感じないから」
様子を見ていた千寿郎が、恐る恐ると近付いてくる。
安心させるように明るく返しながら、蛍は転がっていた提灯を取り上げた。