第24章 びゐどろの獣✔
(え?)
千寿郎は左隣にいる。
なのに何故、右の袖を掴まれているのか。
千寿郎ではない。
知らない手だ。
黒ずんだ、赤子のようで赤子ではないずんぐりとした手。
それが暗闇から伸びて、蛍の裾を握っている。
「……」
目線が上がる。
ゆっくりと、右手にしていた提灯を持ち上げた。
僅かな距離しか照らしださない灯りが、その手の主を蛍の眼下に晒す。
引き千切ったかのようなざんばらな髪。
その下にあるのは、でこぼこに張り付いたかのような歪んだ顔。
顔の中心にあるのは右目だけ。
開いた瞳孔をきょろりと灯りに向けて、眩しそうに目を細めた。
まるで粘土のような柔らかい顔を、容赦なく押し潰したかのような歪な顔だ。
「ひ…っうぁせあひぎ!?!!?」
「うわあ!?」
悲鳴にもならない悲鳴を上げて、蛍が隣にいた千寿郎へと抱き付く。
余りの衝撃に、千寿郎は蛍諸共その場に尻餅を着いた。
「な、なんですかっどうしたんですかっ?」
「お、おば…っおば…! お化け…!!」
「えっ? お化け…っ?」
呂律さえも回っていない。
余程怖いものを見たのか。
その勢いに吞まれ、緊張した千寿郎が蛍の指差す先を目で追う。
驚いた拍子に、取り落とした提灯。
道端に転がった灯りの傍に〝それ〟はいた。
「ひ…っひ、ひ…っ」
ずんぐりとした体を丸めて、かたかたと震えている。
まるで蛍と同じく怖がっているかのような様子で、何度も短い悲鳴を上げていた。
それは見知らぬ子供だった。
黒ずんだ体を、ボロ雑巾のような廃れた布で包んでいる。
身形もそうだが、何より驚いたのは凡そ人には見えない異形の顔。
鼻は右の額に。
口は左頬に。
右目は顔の中心、左目は顎に。
この暗闇で見たならば、お化けと見間違えても可笑しくはない風貌だ。
「え…っまさか、鬼…ッ?」
しかし千寿郎には別の恐怖として映り込んだ。
足は地に着いているし、体も透けてはいない。
幽霊の類ではないだろう。
人とはかけ離れた造形を持つ、異様な空気の子供。
もしや鬼ではあるまいか。