第24章 びゐどろの獣✔
「うん。はい、あーん」
「えっ」
一つ。琥珀のような鼈甲飴を、辛うじて包帯の隙間から出ている爪先で取り上げる。
口元に差し出せば、千寿郎の顔が羞恥で固まった。
「じ、自分で食べられます…」
「大丈夫。私の手、千ふんに消毒してもらったはら綺麗だよ」
「そういう問題では…」
「あーん」
「……」
尚も笑顔で差し出す蛍は、めいいっぱい甘やかしてくれる杏寿郎と同じ目をしていた。
つまりは、甘えてもらいたいモードの姉なのだ。
(こういうところ兄上と似てるなぁ…)
似てはいるが、相手は家族となろうとも異性である。
杏寿郎の時以上の羞恥を覚えながらも、抗えない甘さに千寿郎はゆっくりと口を開いた。
口の中にころりと転がる甘い宝石。
口を閉じてぷくりと片方の頬を膨らませれば、満足そうに蛍が目元を緩ませる。
「美味ひい?」
「…ふぁい」
「ふふ。千ふん、かわい」
ころころと口の中で転がる飴により、鼻の抜けた返事になってしまう。
そんなところも愛らしいと笑う様まで兄と同じだ。
くすぐったくて、温かくて、とことん甘い。
(ずっと、こうしていられたらいいのに…)
任務へと発つ兄を見送る度に、感じていた微かな寂しさを思い出す。
握り締めた蛍の裾を、このまま帰り着くまで離したくはないと思った。
「よひ。じゃあ、あともう少し。見慣れた道に入ったひ」
そこに現実が覆い被さる。
我が家に帰り着くことが、寂しいと思ってしまうとは。
そんな感覚は初めてで、千寿郎は上手く返すことができなかった。
「正門が見えて来る前に、裏手に回ろっか」
「…はい」
再び歩き始める。
見慣れた民家の道へと入り込めば、慣れた道だ。
我が家までの距離だってわかる。
消え入りそうな声で沈む千寿郎に、蛍はほのかに苦笑した。
包帯の巻かれた手で、そっと千寿郎の頭へと触れる。
「?」
否、触れようとした。
その前に、くいと袖を引かれる。
千寿郎が意思表示の為に引いたのか。
目で追えば、しかしそれは千寿郎に握られた袖ではない。
暗闇から伸びた、別の手が袖を引いていた。