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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



「だから姉上じゃなきゃ駄目なんです。姉上こそ、家族であってくれないと」


 ゆっくりと瞳を開ける。
 今ここに在るものを噛み締めるように、千寿郎は真っ直ぐに蛍を見上げた。


「僕の姉は、世界に一人だけですから」


 照れ臭そうに、はにかむ。
 千寿郎の年相応な笑顔を前にして、蛍は声を詰まらせた。

 鼻の奥がつんとする。
 目頭が熱い。


「っ…ん、」


 包帯で顔がまともに見えずよかったと、蛍もまた噛みしめるように小さく頷いた。


 きゅるるる…


「ぁ。」

「えっ」


 そんな胸に沁み込む空気を遮ったのは、なんとも拍子抜けする音だった。


「ごッごめんなさい!」


 途端に顔を林檎のように真っ赤に染めた千寿郎が、がばりと頭を下げる。

 音の出所は少年の腹だ。
 すっかり日の暮れた頃合いの為、仕方がないと言えば仕方がない。


「…ぷっ」

「ぁ、姉…ッ」

「ふふっごめ…っどこまでも、兄弟らなぁって」


 思わずぷすりと吹き出す蛍に、更に千寿郎の顔に赤みが増す。
 若干涙目にさえなっている千寿郎に「ごめん」と謝りながら、蛍はくすくすと笑った。


「思い出ひたの。杏寿郎と、初めて結ばれた日のこと」

「え…っ?」

「その時も、杏寿郎のお腹の音で話が中断しちゃって。和んらなぁ」


 初めて互いを想い合い、触れ合った。
 隙間なく埋められた抱擁が心地良くて、ずっとこんな時間が続けばいいのに。と思った矢先のことだった。
 盛大に腹の虫を鳴かせた杏寿郎に、その柔い空気を吹き飛ばされたのは。


「ぁ、兄上までそんなこと…不甲斐ないです…」

「ううん。千ふんも杏寿郎も、人間らもん、お腹も減るよ。生きてる証拠。本当なら晩御飯を頂ひてる頃だろうし──そうら」


 不意に何かを思い出した蛍が、少しだけぎこちない手で懐を探る。
 取り出したのは白い包み紙。


「ほれ、初めへ列車に乗った時に出会ったお婆はんはら貰ったの。小腹の足しになるは、わからなひけど」

「それ…」

「鼈甲飴。食べる?」

「いいんですかっ?」


 包み紙を広げれば、琥珀のような鼈甲飴が幾つも姿を見せる。
 ぱっと顔を輝かせる千寿郎の反応は年頃の子供のようで、蛍も笑みを深めた。

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