第24章 びゐどろの獣✔
「兄上は僕の兄であり、父であり、母なんです。一人でその全てを背負い、僕を愛してくれました」
優しかった父と母の姿を鮮明に憶えていなくても、兄越しに垣間見ることができた。
実際の姿を知らずとも、杏寿郎が事あるごとに沢山聞かせてくれたのだ。
本来の父や母はこうだったのだろうと、思い馳せることができた。
だから自分は、在るべき〝愛〟を知っている。
「でも僕は、兄上の父や母にはなれません。弟として慕うことはできても頼るばかりで、頼られることはない」
不意に千寿郎の声が陰りを見せる。
じっと耳だけ傾けていた蛍の視線が、隣へと揺れた。
「兄上は僕より強い人だから、いつも笑って過ごせているけれど。父と母を求めているのは僕と同じはず。…でも、僕が兄上を父と母にしてしまった」
瑠火を亡くしたのは、千寿郎が齢三の頃。その時、杏寿郎もほんの十歳だった。
その時点で杏寿郎は、千寿郎という守るべきものを背負い、誰かに甘えることを止めざる終えなかった。
絶望しても大丈夫だと励まし、支えてくれる兄が自分にはいる。
しかし兄には、挫けた時に励まし支えてくれる相手はいなかった。
独りでその心を叩き上げたのだ。
愛が枯渇しているのは自分ではない。
兄だった。
「僕は、兄上と兄上越しに見る父と母の顔しか知りません。父上は、息子として、嫡男としての兄上の顔しか知らないでしょう。…でも姉上は違う」
「…私?」
ゆっくりと歩み続けていた足が止まる。
同じに並んだまま、千寿郎は思い馳せるように目を閉じた。
「初めて見たんです。あんなに穏やかな顔で、姉上に寄り添い眠る兄上の寝顔は。鬼殺隊であるが故に、就寝時も常に気を張り巡らせている。そんな兄上が、あんなに無防備に身を任せる様は初めてでした」
思い出す。
穏やかな秋晴れのあの日。
蛍の膝枕で眠る兄の、なんとも愛に満ち満ちた表情を。
千寿郎の記憶にはないはずなのに。知らないはずなのに。
まるで母の温もりに包まれ眠る幼子のようにも見えた。
「姉上は、兄上にとっての〝よすが〟なんです。僕や父上では与えられないものを、与えることができる」
鬼であろうとも関係ない。
それは蛍にしか生み出せないものなのだ。