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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



「歩く速度は大丈夫ですか? 辛くないですか」

「大丈夫らよ。怪我ひたのは上半身らけらから、歩くのは問題なひ」


 人気のない夜の道を二人きりで歩く。
 頭上を高く飛んでくれている為、政宗の羽音は会話の邪魔にならなかった。

 煉獄家を追い出された時は満身創痍となり体を引き摺ることで精一杯だったが、体力が戻ってくれば歩く分には支障ない。
 包帯の下の熱傷も、そのうちに元通りになるだろう。


「そうひえば、さっきの話の続きなんらけど」

「?」

「千ふん、杏寿郎の前では"俺"なんれしょ? なら私の前では、"僕"でいいよ」

「えっ、そんな」

「らって私は千ふんのお姉さんだもん。お客様じゃないれしょ」


 思い出したように告げる蛍に、ふるふると小さな焔頭が横に振るう。
 それでも「姉でいたい」と告げる蛍の思いを知れば、拒否はできなかった。


「私の前では、覚悟も建前も要らない。ありのままの千ふんでいいよ。…家族らと、思ってくれるなら」


 隣を同じ歩幅で歩む女性。
 その顔は前を向いていたが、声は寄り添うように優しい。

 じっと蛍の横顔を見上げた後、千寿郎は同じに暗い目の前の道へと向いた。


「──……僕、」


 囁くような声だった。


「母の記憶が、ほとんどないんです」


 ぽつりぽつりと語り始めた千寿郎に、蛍の耳が傾く。


「母上が亡くなったのは、僕が三つの頃でしたから。記憶がないのも仕方ないのかもしれません」


 瑠火の葬式では、死そのものさえ理解できずに兄の服の裾をずっと握っていた。
 今こうして、握り歩むように。

 ただ、いつもとは違う周りの異様な空気は感じ取っていたのだろう。
 母を探して泣きじゃくる自分を、兄はずっと抱いてあやしてくれていたらしい。

 "らしい"というのも、杏寿郎から聞かされた話だからだ。
 その記憶さえ千寿郎には曖昧だった。


「でも、僕は母の愛を知っています。父の愛も。兄上が与えてくれたから」


 根気よく日々の鍛錬につき合い、剣の指導をしてくれた。
 悩んだ時や落ち込んだ時、寂しい時には常に両腕を広げて、おいでと抱きしめてくれた。

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