第24章 びゐどろの獣✔
初めて「俺」と杏寿郎の前で口にした時は「千寿郎も男らしくなったなぁ」と朗らかに笑われたものだ。
それでよかった。
兄にわざわざ己の覚悟を伝える気はない。
ただ忘れないように、己の中に刻み付けていくだけだ。
「…ううん」
安易だと小さな声で告げた千寿郎に、蛍は包帯の下で口角を緩めた。
痛みは残るが、心は温かい。
「千ふんは、やっぱり杏寿郎の弟らね」
「?…どういう…」
「そのままの意味。間違いなく、煉獄の血を引いてる。兄弟らよ」
包帯をぐるぐる巻きにした手が、ふわりと柔らかな焔色の頭を撫でる。
おずおずと視線を上げる千寿郎の視界に、提灯の灯りでほのかに照らされた蛍の顔が映る。
包帯でほとんど覆われて片目しか見えていない状態でも、その目は優しく灯りに反射していた。
(…お月様)
いつかに見た、あの赤い月のように。
「──さあ、そろそろ帰ろう」
その場を仕切り直すように、蛍が話を切り上げる。
腰を上げると、提灯の上の手持ち棒を握った。
「もう暗いから、おうちの近くまで送ってあげる。正面玄関だと槇寿郎さんに見つかるかもしれないはら、裏口から回ろう」
「…はい…」
寂しそうな表情で同じく腰を上げる千寿郎に、蛍もまた眉尻を下げた。
できるなら自分も共に煉獄家の戸を潜りたい。
しかしそう物事は簡単ではない。
「ん」
せめてもと空いた手を差し出す蛍に、千寿郎はいつものようにすぐにその手を握らなかった。
包帯が巻かれた手には触れず、ちょこんと蛍の着物の裾を握る。
「姉上に、少しでも痛い思いはさせたくありませんから…」
最初はきょとんと目を丸くしていた蛍だったが、千寿郎の心遣いを知るとその目元も和らぐ。
「うん」
そして、少年の歩幅に合わせるように踏み出した。