第24章 びゐどろの獣✔
「千ふんの"僕"、私好きだなぁ。なんらか壁を無くして向き合ってもらってるみたいらから」
「……」
「あ。物腰丁寧な"私"も好きらけどねっ」
赤い顔を俯かせる千寿郎に、慌てて言い直しながら蛍は過去を振り返った。
「千ふん。杏寿郎には、なんれ"俺"なの?」
煉獄家を訪れた初日に聞いた、二人が一緒に入浴している最中の雑談。
途切れ途切れに鬼の耳は拾ったが、楽しそうに日々の周りのことを話す千寿郎は、確かに兄に対して「俺」と告げていた。
どちらかと言えば愛らしい印象の少年だ。
彼が「俺」と主張するのは、何か特別な意味があるのだろうか。
純粋に気になった。
「…覚悟です」
「覚悟…?」
「……俺の、日輪刀は未だ光りません。どんなに鍛錬をしても、鬼や剣士のことを学んでも。それでも兄上が鬼殺隊で責務を全うしている限り、俺も諦めないと。そう誓ったんです」
俯いたまま、膝の上で拳を握り締める。
その手で何度も握った刀は、一度だって色を宿さなかった。
『すみ、ませ…っ兄上…』
『お前は悪くない。ただ〝今〟がその時ではないだけだ。絶望することはない』
煉獄家の剣士として認められる儀式の一つ。
日輪刀を授けられたその日に、泣き崩れた千寿郎を杏寿郎は優しく抱き止めた。
『大丈夫だ、千。俺が剣士でいる限り、煉獄家の血筋が絶えることはない。俺が守る。だからお前一人で苦しみを背負わなくていいんだ』
大きな手で背を擦り、何度も何度も励ましてくれた。
お陰で絶望の淵から這い上がることはできたが、同時に決意したのだ。
このままではいけないと。
いつか兄のようになりたいと、幼いながらに叫び意思表示したこともある。
それを忘れてはならないと思った。
兄ばかりに背負わせては駄目だ。
なんの為に煉獄の名を背負っているのだ。
自分だって煉獄家の男だ。
父のように、兄のように、刀を握り立つことができるはず。
「その覚悟を忘れないように、兄上の前でだけは、あの日の決意を意志表示するようにしているんです。…安易な方法かも、しれませんが…」