第24章 びゐどろの獣✔
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「はい、いいですよ」
「ん。ありふぁほう、千ふん」
「……いえ」
「なんらその顔」
「いえ…」
「いえじゃらい。てか喋りふらいッ」
「喋らない方がいいです、姉上の怪我は軽くないんですからっ」
窘めるように注意しながらも、千寿郎の表情は苦笑混じりだ。
それもそのはず。
どうにか痛みを和らげようと丹精込めて千寿郎が施(ほどこ)した手当ては、槇寿郎の出来をはるかに超えるものとなった。
紫外線防止の為にしている忍者のような黒い口布のように、首元から鼻の上までぐるぐる巻きにされている包帯。
それは昼間に焼いた目元と耳も覆い尽くし、辛うじて片目だけ覗いている様はまるでミイラのようだ。
「なんだか外を出歩いちゃいけないくらいの重傷人になりましたね…そもそもがそうですけど」
「ほんら姿で夜出会ったら、鬼より怖いんらないの…」
「…ふふっ」
「あ。笑っは!」
「ご、ごめんなさい」
夜の薄暗い道端で、ミイラ人間に出会おうものなら確かに怖い。
想像力豊かな千寿郎がつい吹き出せば、蛍は白い頭をふるふると横に振った。
「ううん。千ふんの笑顔見てる方が、元気出る」
「そう…ですか?」
「ん」
「…僕も…笑った姉上の顔が、その…好きです…」
「んふふ」
おずおずと羞恥混じりに告げる千寿郎に、今度は蛍が包帯の下で笑う。
痛みはまだ残る為に大きく動かすことはできないが、ほんの少しだけ頸を傾けて千寿郎の顔を覗き込んだ。
「千ふん、今日はたくさん"僕"って言ってくれるね」
「…え?」
「捜しに来てくれてから、ずっと。僕って言ってる」
本人は気付いていなかったのだろう。
指摘された千寿郎の頬にさっと赤みが差した。
「千ふんが僕って言う時は、素でいてくれてるのはなぁって個人的に思ってるんらけど」
千寿郎と出会ってから、使う一人称が複数あることに蛍はすぐに気付いた。
「僕」「私」「俺」
蛍や静子のような外の住人には「私」で対応し、慌てた時や感情を強く露わにした時は「僕」と言う。
そして兄である杏寿郎と二人きりの時だけは「俺」と言うのだ。