第24章 びゐどろの獣✔
目の前の息子が知らない男のように見える。
こんな顔で、こんな声で、こんな意志を貫いてきたことなどなかった。
思えば千寿郎もそうだ。
どんなに怒鳴り付けても反抗一つ見せなかったというのに、初めて否定の言葉を吐いて目の前に立ち塞がったのだ。
「姉上」と呼ぶ鬼を守る為に。
(…なんなんだ)
息子二人をそこまで変えた、彩千代蛍という鬼は。
「お願いします」
「…っ」
再度頼み込む杏寿郎に、槇寿郎は歯を食い縛った。
肯定はできない。
しかし否定も安易にはできなくなってしまった。
すれば己の瑠火への想いも否定してしまいそうで。
それでも答えを出さなければならない。
腐っても、自分はこの家の主なのだから。
「お──」
「杏寿郎様!」
意を決して口を開く。
告げようとした槇寿郎を遮るように、黒い影が頭上を走った。
「要?」
杏寿郎には聞き慣れた羽音だった。
しかしいつもの物静かで穏やかな要ではない。
緊急を要するような騒ぎに、鬼が出たのかと杏寿郎の腰も浮く。
「何処ニモ見当タリマセン!」
慌ただしく目の前に下りてきた要が、尚も叫ぶ。
主語のない短い報告でも、杏寿郎にはすぐに理解できた。
つい今し方頼んだのだ。
千寿郎を連れて来いと。
「まさか…千寿郎が?」
嫌な予感が身に走る。
事の重大さを伝えるように、要は大きく広げた翼でバサリと羽搏いた。
「部屋ハモヌケノ殻!!」