第24章 びゐどろの獣✔
「ッ──」
無言のまま槇寿郎の目が限界まで見開く。
何度目の前の息子を凝視しても、杏寿郎は表情一つ変えなかった。
決めたことなのだ。
蛍を娶りたいと耀哉に告げた時から、覚悟を決めて契りを交わした。
生涯の伴侶とするなら、俺の生涯を懸けるだけだと。
「煉獄、お前…」
「…冨岡の真似事となってしまうか」
最初に反応を見せたのは、同じ柱である同胞だった。
唖然と呟く実弥に、苦笑混じりに表情を砕けさせる。
「しかし俺が契りを交わした理由は、冨岡より遥かに幼稚なものだ。──ただ独りにさせたくないと思ってしまった」
真っ直ぐに槇寿郎を見上げていた視線が、初めて下がる。
木目の床を見つめながら、杏寿郎は凛々しく上げていた眉尻を僅かに下げた。
「彼女は鬼だ。人を喰らって斬首させられたならば、地獄の一途を辿るだろう。…その道を独りで歩ませたくないと思った」
罪のない人を殺すだけでなく、その身を喰らうなど悪逆無道。地獄の最果てまで堕ちていくだろう。
業火に焼かれ、熱鉄を浴び、針の山の屍となる運命だ。
この世の末に本当にあの世が存在するのか。地獄が存在するかなど、生者にはわからない。
それでも蛍は、自分は姉と同じ所へ行けないことを知っていた。
『今生きる理由も、私は姉さんを土台にして利用してる。鬼になっても、狡いままなんだ』
土台になどと、本人が一番望んでいないはずだろうに。思いたくなどないはずだろうに。
そう表現することでしか、鬼としての自分は関われないと言うかのように、笑顔とも呼べない顔で笑っていた。
己の立場を知っている。
そこに高望みもしていない。
たった一度喰らってしまった姉の死に雁字搦めに縛り付けられ、死ぬまでそれを抱えて生きようとしている。
なんとも不器用で、痛みを伴う愛だと思った。