第24章 びゐどろの獣✔
「蛍は生きている。迎えに行きます」
それでも、槇寿郎は陽に炙って弱らせたと言っていた。
まだ安心はできない。
瀕死の状態でいるならば、例え相手が剣士ではない隠であったとしても蛍の命は狩られてしまうだろう。
一刻も早く見つけ出さなければ。
静かに告げると、杏寿郎は頭を下げて通り過ぎた。
無精髭を生やした父の口元が、追えずに震える。
「ッ…ならば義絶だ!!」
振り返った槇寿郎が吠える。
玄関へと向かっていた杏寿郎の足が、その時初めて止まった。
「あの鬼を追って、一歩でもこの家の戸を跨いでみろ…ッその瞬間から、お前は煉獄家とは関係のない者となる!!」
義絶(ぎぜつ)──即ち、肉親の縁を断ち切ること。
過去、槇寿郎にそれを匂わすような暴言は幾度も吐かれたことがあった。
しかしこうもはっきりと、今この場で答えを出せと詰め寄られたことはない。
「それでも追うのか、あの鬼を!」
捲し立てられても杏寿郎はすぐに答えられなかった。
父に歯向かいたい訳ではないのだ。
ただ譲れないものがあった。
何に代えても守りたいものが。
蛍と煉獄家とを比べられる訳ではない。
蛍自身も、この家を慕い、愛してくれた。
槇寿郎や千寿郎の家族になりたいと、本気で望んでくれた。
それら全てを断ち切って蛍を迎えに行くことが、最善だとは思っていない。
「目を覚ませッ…大方、その鬼の見張りなどで傍にいたんだろう。そのうちに情が移って、慕っていると錯覚しただけだ。お前に合う異性なら探せば他にもいるはずだ。何故鬼を選ぶ!」
吐き捨てられる言葉の一つ一つが、背中に突き刺さる。
蛍の髪を握り締めたまま、杏寿郎は深く呼吸を繋いだ。
「──……小芭内にも、同じことを言われました。何故よりによって、あの鬼なんだと」
いつもは静かな抑揚のない声を、荒げてまで反対してきた。
幼い頃、兄弟のように共に暮らした蛇柱の彼を思い出す。
「俺の為を思って、投げかけてくれた言葉です」