第24章 びゐどろの獣✔
「人の心を持っているからなんだ! その心が一瞬でも陰れば、その瞬間に周りの人間は喰い殺される! それが千寿郎だったらどうする!」
「……」
「あの鬼がどんなに欲を抑え込もうとも、結局は周りに混沌を撒き散らしていることに変わりない…! そんな世界を貴様は平和と呼ぶのか!?」
「……」
「どうした、言い返せないのか…! これくらいで言葉を失うくらいなら、鬼畜生を人であるなどとほざくなッ!!」
大きく槇寿郎の足が踏み出す。
振り被った拳が、微動だにしない杏寿郎目掛けて打ち込まれた。
「煉獄ッ!」
手出しのできない実弥が叫ぶ。
それでも杏寿郎は、その拳を避けないだろう。
つい先程のそれも、避けられたはずなのに避けなかったのだ。
がつんと二度目の打撃が響く。
「…っ!?」
──はずだった。
槇寿郎の拳は、杏寿郎の顔の前で止まっていた。
驚き目を剥く槇寿郎の目線の先は、杏寿郎ではない。拳を押さえ込んだその手を凝視していた。
初めてだった。
息子が、父の拳を止めたのは。
「…俺に向けて振るう拳なら、何度でも受けましょう」
大きな拳を片手で鷲掴むように握る。
ぎりぎりと互いの手が震えるのは、それだけ圧迫した力がせめぎ合っているからだ。
「ですが蛍を蔑む拳なら、受けることはできません」
槇寿郎と相反し静かな杏寿郎の声は、目に見えぬ圧を持っていた。
『親子の前に、杏寿郎と槇寿郎さんとで向き合った時に、通したいことができたなら』
そう、蛍にも以前に言われた。
曲げられない意思を持った時には、父の拳であっても止めていいのだと。
それが今だ。
例え父が下した決断であっても、蛍の命を勝手に奪うことだけは許せはしない。