第24章 びゐどろの獣✔
「下手な望みではありません。それが彩千代蛍という女性です」
「何を…ふざけたことを…ッ」
振り返り、真っ直ぐに見据える杏寿郎の双眸は、槇寿郎だけを見ている。
一つの陰りもない。澄み切っているようにさえ見える、強い瞳だ。
亡き妻の瑠火が偶に見せていた、芯の強い瞳と同じだった。
それを前にすると、肩書きや生い立ちなど関係なくたじろかされた。
(そんな目で見るな…ッ)
わなわなと槇寿郎の口元が震える。
「説明が遅れたことは謝ります。折を見て話そうと思っていました。蛍が鬼であることと、俺が彼女と共に歩むと決めたこと。その二つは、決して相反するものではありません」
「そんなことが許されると思うのか…ッ」
「お館様にはお認め頂けました」
「な…」
「蛍は人を喰らう、悪しき鬼ではありません。その欲を己の中で抑え込み、人を愛し、救おうと生きている者です。日輪刀は握れなくとも、血鬼術を用いて俺を助けてくれたこともあります」
だから鬼殺隊でありながら刀は握れないと、そう言っていたのかと。蛍の過去の言動を思い出し、槇寿郎は拳を握った。
「綺麗事ばかり並べおって…っならば問う! あの鬼は一度だって人間に牙を剥かなかったのかッ鬼と成って一度も、殺人欲求の欠片も出さなかったのか!」
「……」
「見ろ、結局は他の鬼と同じだ!」
蛍が鬼としての欲を出さなかったとは言い切れない。
幾度となくそれを抑え込んできた瞬間を、見てきたのだ。
欠片も見せなかった訳ではない。
更には姉を喰い殺した過去もある。
それだけは、どう足掻いても拭い去れるものではない。
押し黙る杏寿郎に、槇寿郎が怒りのままに吠えた。