第24章 びゐどろの獣✔
「──…これは…」
台所も玄関同様、明かりはついていなかった。
しかし窓から漏れる月明りが、その散々たる状況を杏寿郎の眼下に照らし出しす。
何者かが暴れ回ったように、散乱し壊れているまな板や皿や茶器類。
料理の途中だったのだろう、火の消えた竈に食材の入った鍋はかけられたままだ。
明らかに料理の最中に何かが起きた様子の台所。
もしかしたら捜していた悪鬼が、此処にいた者を襲ったのか。
「っ蛍! 千寿郎ッ!!」
「人の気配は此処にもねェ。一応捜してみたが、亡骸もなかった」
「では一体何処に…ッ」
「ようやく戻ったか」
緊迫する空気に流されることのない、低い声がその場に響く。
声の主は廊下に立っていた。
「父上! 此処で何があったのですかッ蛍と千寿郎はッ?」
駆け寄る杏寿郎は、一先ず目の前の父が無事なことに安堵した。
見たところ怪我もしていない。
ただ一つ、その手に遥か昔に見た日輪刀が握られていることに目を見張る。
「それは日輪刀で」
「お前はッ鬼殺隊に入って何をしていた!」
突如、杏寿郎の胸倉を掴んだ槇寿郎が怒鳴り付けた。
「あそこで何を学んだ! 鬼と戯れろと誰が言った!?」
「ッ父上…?」
「よくもまぁ柱の身で、鬼を娶るなどとふざけたことが言えたものだ…! 煉獄家の恥さらしめ!!」
大人しく胸倉を掴まれたまま、杏寿郎は抗うことをしなかった。
怒鳴り付けられた言葉に呼吸が止まる。
その言葉で全てを理解した。
荒れ果てた台所も、消えた蛍と千寿郎も、悪鬼の仕業ではない。
「鬼殺隊など今すぐ辞めてしまえ! 鬼に誑かされた腑抜けになぞなりおって…!!」
全ては、この憤怒する父が関係していることだ。
「では、父上が蛍を…? 彼女に何をしたんですか」
「鬼を前にして然るべき行動は一つだけだ。それすらもわからんか…ッ」
ざわりと肌が粟立つ。
槇寿郎が手にしているのは、鬼の頸を狩ることができる刃だ。
一瞬にして浮かんだ最悪の結末に、杏寿郎の気が騒めいた。