第24章 びゐどろの獣✔
「っはぁ…ッ」
たった数cmも今の蛍には長い道のりだった。
それでもどうにか日陰へと這いずり込み、ぜぃぜぃと絶え絶えな息を零して横顔を地面へと落とす。
「ほんと、に…も…無理…限界…」
「カァッ」
「ちょっと…休ませ、て…」
一先ず太陽光を浴び続けるという事態からは免れた。
今は体を動かすことも難しいが、じっとしていればいずれ怪我も治るだろう。
鬼殺隊本部で全身を炎に焼かれた時とは、状況が違う。
定期的に杏寿郎から"食事"となるものは与えられていた。
このまま少しずつ身体の内側から朽ちていくことはない。
(…多分)
はずだ。
しかし今はもう指先を動かすことだって危うい。
どうにか呼吸法で息を整えながら、蛍は視線の先にある川の水面を見つめた。
静かだ。
川のせせらぎ以外、何も聴こえない。
此処は炎柱の生家がある村だ。
鬼の知識がある者もいるだろう。
こんな状態で、誰ともわからない人間と会う訳にはいかない。
日陰に避難できたのは蛍にとって大きな利だった。
最悪、死という状況からは逃れることができる。
体は無事だ。
しかし心は違う。
今更、自分が鬼ということは何度も呑み込み覚悟してきたというのに。
槇寿郎から放たれた言葉は、深く突き刺さり心を切り裂いた。
こんなにも苦痛を伴うものなのか。
認めて欲しい、好いて欲しいと、願った相手に真っ向から拒否されるのは。
「…ッ」
か細い息が乱れる。
夕日に照らされる小川の景色が、じわりと滲んだ。
「っふ…」
槇寿郎の前では耐えていたものが、堰を切ったようだった。
瞳から零れ落ちる雫が、力なく伏せた頬を伝い地に落ちる。
杏寿郎が戻ればどうにかなると千寿郎には伝えたが、果たして本当にどうにかなるのだろうか。
人の心は本人以外には操作などできない。
鬼のような妖術を持ち合わせていない限り。
十年以上、杏寿郎が奮起しても槇寿郎の心を掬い上げることはできなかったというのに。
杏寿郎の心は、変わらず自分へと向いてくれるだろう。
ただ槇寿郎は変わらないかもしれない。
そうなればもう、煉獄家の門を潜ることはできない。