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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



 ひゅーひゅーと呼吸が細く掠れる。
 爛れた瞼は重みを増して、視界を暗くした。


「い"…ッ?」


 不意に体に鋭い痛みが走る。


「ぃだッ…痛、い…政宗…ッ?」


 痛みの原因は傍にいた鴉だった。
 蛍の背中に鉤爪を喰い込ませたかと思うと、激しく羽搏いたのだ。

 鴉は自分の体重以上のものを、裕に運ぶ力を持つ種もいる。
 容赦ない力で持ち上げられ、上半身が僅かに浮く。
 痛みに引き攣る顔で、蛍は咄嗟に膝を立てた。


「わか、わかったから…ッ歩く、から…痛ッ!」


 大きく羽根を広げた政宗が、唐突に体を斜めに傾けた。
 引っ張られるように横へと倒れた蛍の体が、傾斜となっていた芝の坂をごろごろと下る。

 激しい痛みに目が回る。
 転がり切った体は投げ出されるように芝の中で止まった。


「…ぅ…」


 まるで決定打を打ち込まれたかのようだ。
 これ以上はもう動けないと、四肢を横に投げ出したままの体制で小さく呻る。
 まともな悲鳴さえ、もう出てこない。


「…?」


 体中は悲鳴を上げていた。
 しかし少しだけ息がし易くなったような気がした。

 重い瞼をこじ開ければ、ひんやりと冷たい土を手袋越しに感じる。


「こ、こ…」


 地べたについている手は、日陰の中にあった。

 竹笠の下からどうにか顔を上げて見れば、其処は河川敷だった。

 転がされた坂の下。
 そのすぐ隣には川が流れており、橋がかかっている。
 橋の下は、太陽光を防ぐだけの十分の広さがある日陰ができていた。
 その陰の中に、片手が入り込んでいたのだ。


「っ…」


 こんな所で野垂れ死ぬ気はない。
 ふらつく上半身を起こすと、血の滲む爪を地面に突き立てて蛍は這い進んだ。
 激痛は走ったが、死を天秤に懸ければ動かない選択肢はない。
 芋虫のように、無様に這いずろうとも。

 それこそ芋虫のように手足を斬り落とされ、泥水を啜り、時には下半身を失ってでも生きてきたのだ。


(それなのに、これくらいで…ッ)


 死ぬ訳にはいかない。
 今此処で命を落としてしまえば、真っ先に千寿郎が自分の所為だと責めるだろう。

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