第24章 びゐどろの獣✔
赤く染まった瞳が揺れる。
顔を半分以上焼け崩して尚、表情を歪めて蛍は俯いた。
ぱたりと床に落ちる雫。
血か、別の何かか。
「姉上…っ」
悟ったのは千寿郎ただ一人だった。
俯いたまま顔を上げない蛍に、伸ばしたくても伸ばせない手を握る。
ぐ、と更に深く蛍の頭が下がる。
頭を下げるというよりも、項垂れているようにも見えた。
足元の影が、ぼこりとうねる。
黒い波を立たせるように、下層から何かが蠢いた。
(だめ。出てくるな)
見えなくても肌で感じた。
己の足元で蠢いているのは、こちらの意思では動いてくれない、あの巨大な土佐錦魚だ。
(出てくるな…ッ)
突然現れては、場を荒らしていく。
今この場で姿を見せても、初めて杏寿郎達の前に姿を現した時と同じに騒然となるだろう。
槇寿郎に、血鬼術を使ったと見做されて刃を向けられるかもしれない。
今この場ですべきことは、抗い立つことではない。
睨み付けるように足元を見つめて蛍は声なき声を上げた。
ぼこりぼこりと波のように沸き立っていた影が、やがて動きを止める。
全てではないが、意思が伝わる時は伝わるようだ。
ただの影と化している間にと、蛍は台所の出入口へと身を下げた。
噛み締めていた口を開く。
杏寿郎への想いは、告げることさえ否定された。
自ら別れの言葉など、言いたくはない。
それでも少しでも望みと取られるようなことを口にすれば、今度こそ斬られてしまうだろう。
「…っ…ごめん…なさい…」
絞り出すように吐き出せたのは、誰に対してなのかもわからない謝罪だった。
消え入るような声で、同じく消え入るように薄暗い陰へと身を退く。
陰の深い場所へと身を潜めれば、同一するように蛍の体を足元から影が飲み込んでいく。
ゆっくりと。
肌も服も、髪も血も。
全てを飲み込んで、一人の鬼はその場から姿を消した。