第24章 びゐどろの獣✔
「何を…まだ、そんなことを…」
「鬼の…恐怖を、知っている槇寿郎さ…なら…強者に蹂躙される恐怖も、知っている…はず、です……人と人も、同じ…だから…」
人間もまた、人間を喰らうことができる。
肉体は喰らわずとも、心を喰い殺すことができるのだ。
それを知っているからこそ、千寿郎に味わわせたくはなかった。
「千くんに…その恐怖を、槇寿郎さんの、手で…感じさせないで…下さい……お願い、します…」
ましてや実の父親の手で、そんな恐怖を植え付けられるなど絶対にあってはならないことだ。
例え今は槇寿郎の心が家族から離れてしまっていても。いつかは、と我が家を見つめて思い馳せる杏寿郎の横顔を前にした時、決意したのだ。
彼が諦めないのなら、自分も諦めないと。
「あね、ぅぇ…」
動揺を見せたのは槇寿郎だけではなかった。
震える声で、千寿郎が覚束なく歩み寄ろうとする。
「近付くな」
それを止めたのは、厳格なまでの父の声だ。
「その鬼の為を思うなら、それ以上近付くな。少しでも危険だと判断すれば頸を斬るぞ」
「っ…」
歩みを止める千寿郎に目も暮れず、再び包丁を構える。
振り被ることもなく素早く振り下ろされたそれは、蛍の横顔を通り過ぎた。
ばさりと、一つにまとめていた蛍の髪が崩れ落ちる。
「千寿郎の言う通り、この屋敷内にいた時間は一度も人間に牙を剥かなかったようだな…それに免じて、頸を狩ることだけは止めてやる」
槇寿郎が斬り落としたのは蛍の髪だった。
簪ごと切り離した髪束を手に、腰を上げると一歩退く。
「出ていけ」
「父上…!?」
「此処は煉獄の屋敷だ。鬼を住まわせる訳にはいかん」
「こんな状態の姉上を陽の下に放るなど…ッ殺すも同然です!」
「何を言う、何度も出歩いていただろう。墓参りにも、祭りにだって参加していたんだ。人間の真似事をして」
吐き捨てるように告げる槇寿郎に、俯いたままの蛍の頬がぴくりと強張る。
しかしその機微に気付く者はこの場にいない。