第24章 びゐどろの獣✔
「情けや甘えなんてかけようものなら、俺達の頸が狩られる! こいつらは人間を餌としか見ていない!! 鬼は皆そうだッ!!」
この目で見てきたのだ。
息をするように嘘を吐き、騙し、裏切り、且つては同胞であったはずの者にさえ餌として牙を剥く。
実際に見てきた。経験してきた。
血を流して作られる道を、悲鳴を世界の声とする様を。
そんな世も知らない子供に捲し立てられたところで、槇寿郎の心は何一つ動くことはなかった。
「息子共を騙して何がしたい…ッ柱の頸を狙いに来たか!」
大きく踏み込むと、蛍の頸の後ろへと包丁で狙いを定める。
日輪刀ではない為に絶命はしないだろうが、その場で動けなくするには十分だ。
その間に己の刀を取りに行けばいい。
蔵にしまい込んだそれは鈍(なまく)ら刀と化しているかもしれないが、この細い鬼の頸一つだけなら斬り落とせるだろう。
蹲ったままの蛍は、避けるも防ぐもしなかった。
その力も残っていないのか、床に両手を合わせて土下座するように頭を項垂れている。
「……ぃ…」
「今更命乞いなど…!」
焼け爛れた口元からは、掠れた声だけが届く。
泣き言か、恨みつらみか、命乞いか。
なんであっても止める気はなかった。
どうせ手持ちの包丁で頸を斬ったところで、この悍ましい化け物は死にはしないのだ。
「傷付け、な…で…」
「──!」
しかし耳にしたのは、槇寿郎の予想とは異なるものだった。
包丁の切っ先が、蛍の頸を掠る。
細く赤い線を肌に浮かせながら、それでも蛍は一つのことを吐き続けた。
「息子と、仰る…なら…千く…を…傷付け、ない…で…下さい…」
陽に焼かれようとも、槇寿郎に拒絶されようとも、最初から蛍が口にしていたのはただ一つのことだけだった。
千寿郎を傷付けないで欲しい。
それだけを頭を下げて頼み込む蛍に、包丁は頸を断ち切ることなく直前で止まった。