第24章 びゐどろの獣✔
「そんな、姉上…っ顔、が…ッ」
「後ろ"、ぃて…私の…」
「千寿郎から離れろッ!!」
後ろから振り被る拳が、蛍の頭部を狙う。
それが届く前に、充満し膨らむ影が槇寿郎の手首に纏わり押さえ込んだ。
「ッ…この…」
「千く…に、手を上げないで、下さい」
「何をふざけたことを…ッお前こそ千寿郎に近付くな…ッ!」
もう一方の腕を振り被る。
しかし槇寿郎の拳が届く前に、蛍は崩れるように膝を折った。
「ッ…ぅ…」
「姉上…!」
顔も、腕も、陽に当てられた肌は余すことなく赤黒く焼け爛れている。
神幸祭で一瞬だけ焼かれてしまった左頬の跡など、生易しい程だ。
そもそもあの時は的確な杏寿郎の判断で、体から炎を上げる程にも至らなかった。
しかし今回は度合いが違う。
千寿郎を傷付けられた感情の暴発で咄嗟に体は動いたが、自覚をすれば皮膚を突き破る痛みが全身を襲った。
「父上、もうおやめください…ッ姉上は僕達を傷付けたりなんてしません!」
「せ…く…後ろ、ぃて…」
「嫌です!」
両膝をつく蛍の影が、たちまちに薄れる。
槇寿郎の手首を押さえていた影も、雲のように薄れ空気へと溶けていった。
今の蛍は、血鬼術を操ることもままならない。
ましてや相手は元柱だ。
千寿郎の目にも結果は見えていた。
咄嗟に蛍の前に立つと、両腕を広げて盾となる。
「鬼を姉などと呼ぶな。退け」
「嫌です…ッ」
「退け!!」
「嫌です! 姉上は姉上ですッ!!」
蛍に対してだけではなかった。
槇寿郎の怒号も跳ね飛ばし、震える足腰に鞭打ち立ち続ける。
こんなにもはっきりと父に対して感情を荒げたことは、過去一度もなかった。
千寿郎のその啖呵に、しかし槇寿郎は怯むことなく苛立ちのまま手を伸ばす。
広げていた腕を鷲掴み、無理矢理にでも引き離した。
「退けと言ってるのがわからんのかッ! 鬼がなんたるかも知らん癖に…!!」
「ッおやめ、ください…っ父上!」
「黙れッ!!」
「ぅぐッ」
まな板の上に置かれていた料理包丁を手にする槇寿郎に、千寿郎の顔が引き攣る。
阻止しようと腕にしがみ付くと、強い拳で殴り飛ばされた。