第24章 びゐどろの獣✔
いつも背ばかり向けていたから、まともに顔も見ていない。
幼いとばかり思っていた少年は、一人の女性に料理を教えられる程に成長していた。
(当然か…家のことは全て放り出していたんだからな)
煉獄家を代々の家系として守っているのは杏寿郎だが、実質家自体を守り続けてきたのは千寿郎だ。
でなければ使用人の一人もいない広さばかりあるこんな屋敷、人の手が入らなければすぐに廃れていくだろう。
つい先日見かけた虫干しも、本来なら千寿郎一人でこなしていたのだ。
過去を振り返れば、一日では終わらなかったのだろう。何日も陰干しされる着物や本や畳を見かけていたように思う。
大人でも大変なことを少年一人で背負い、同時に鍛錬と勉学にも励んできた。
小言の一つも漏らさずに、辛抱強く耐え、努力し、歩んできたのだ。
(俺じゃない、似ているのは。あいつに似ているだけだ)
自分などではない。
似た容姿を持ちながら、中身は全く違うと実感している杏寿郎にこそ、千寿郎は似ているのだ。
自然と目線は、二人ではなく己の足元に落ちていた。
「酒粕を使った料理などは、どうでしょう」
「酒粕?」
「はい。姉上、父上の日本酒なら吐き出さずに済んだんですよね?」
「うん、まぁ…ちょっと気分は悪くなったけど」
「ワインに浸けて、風味を誤魔化して…それらしい見栄えにすれば、姉上でも食べられるのでは…」
「成程…でも今から一から作るの、大変じゃない?」
「大丈夫です。まだ陽も落ちていませんし。時間はありますよ」
すぐに足元ばかり見てしまう、自分とは違う。
明るい声で蛍を励ます千寿郎が、自分に似ている訳がない。
「そうだ。食べる真似なら、できるかも。影鬼を使えば」
「影鬼をですか?」
「あれ、収納能力みたいなものあるから。口の中に仕込んでいれば、飲み込むフリをして…うん。いけるかもしれない」
「口の中に仕込むことなんて、できるんですか」
「影だからね。自由自在だよ」
(……かげ…鬼…?)
落ちていた思考が止まる。
無意識に拾い上げていたのは、長年染み付いた鬼殺隊としての本能だった。
今〝鬼〟という言葉を、聞かなかっただろうか。