第24章 びゐどろの獣✔
「姉上も疲れたら言ってくださいね」
「大丈夫、大丈夫。美味しくなぁれって念じながらご飯解すの、楽しいから」
「念じながら…可愛いことを言いますね」
「可愛い? 千くんが?」
「だから姉上が、です」
「…今日はなんだか千くんに上手を取られてる気がする…」
「なんで褒めるとそうなるんですか」
他愛ない二人の会話には飾り気などない。
千寿郎が異性相手にはっきりと好意を口にすることも、蛍が調子良くおどけて話すことも知らなかった。
自分の知らない二人の姿に、思わず目が釘付けになってしまう。
「あ、こっちもできましたよ。いい感じに無臭です」
「本当?」
「はい。味見、してみますか?」
「…うん」
今度は千寿郎が、小皿に何かの出汁を注いで蛍へと渡す。
鼻先を近付け匂いを嗅いだ後、蛍は恐る恐ると口にした。
「どうですか? 白ワインを元に洋風出汁にしてみたので、姉上も飲めるかと…」
「ふんふん…確かに酔いの抜けた感じのワインの味が薄ら…ぅぷ」
「っ姉上!」
頷いていた蛍が唐突に口を押さえる。
予想はしていたのか、素早くコップを渡す千寿郎に勢いよく中の水は蛍の喉を通っていった。
「っはぁ…ごめんね、」
「やっぱりワインだけにしないと難しいですか…」
「そこまで強い嘔吐感はないんだけど、ね…慣れたら、飲めるかも」
「駄目ですよ。少しでも不安があるものは出せません。姉上の安全が第一です」
「千くん…」
互いに肩は落としているものの、声は萎んでいない。
「まぁ食事はできなくても、槇寿郎さんにお酌する役目とかでも傍にはつけるし」
「そんな。姉上は使用人ではないんですから」
「使用人…ふふっ」
「? なんで笑うんですか」
「それ、全く同じことを槇寿郎さんも言ってたなぁって。思い出して」
「父上が?」
「うん。やっぱり家族だね」
くすくすと笑う蛍に、千寿郎の顔がほんのり色付く。
羞恥ではない照れは、槇寿郎には意外な反応だった。
杏寿郎の記憶には落ちぶれる前の柱としての姿は残っていても、千寿郎の記憶には墜落した自分しか残っていないと思っていたのに。
そんな自分と似ていることを、嫌がらないのかと。