第24章 びゐどろの獣✔
再び訪れた居間は、もぬけの殻だった。
救急箱も直されているところを見ると、二人はこの場を離れたらしい。
広い屋敷の中で、何処へ行ったのか捜すのは簡単ではない。
しかし程なくして、槇寿郎は二人の出所を見つけ出した。
導き手となったのは、ほんのりと香る出汁の優しい匂いだ。
「千くん、味見してもらってもいい?」
「はい。……ん、うん」
「どうかな」
「美味しいですっこれなら父上もきっと満足しますよ」
「ほんと?」
熱気を上げる竈に、しゅんしゅんと湯気を立てる幾つもの鍋。
割烹着姿で台所に立つ蛍と千寿郎は、一目で料理に取り組んでいるのだとわかる。
蛍の渡した小皿から出汁の味見をした千寿郎が、笑顔を見せる。
その口から発せられた自身の名に、台所の入口手前で槇寿郎は足を止めた。
「蓮根のつくねに、里芋の煮っころがしに、茸のだしびだしに…」
「こちらもいい感じです。焼き鮭のちらし寿司」
「それ、すっごく美味しそう!」
「どれも季節の食材をふんだんに使った料理ですからね。旬で美味しいですよ」
「秋の献立だけでこんなにあるなんて。瑠火さんって本当に料理上手だったんだね」
「ええ、みたいです」
「これなら槇寿郎さんも喜ぶかなぁ」
「母上の献立の時は、一口だって残したことがありませんから。きっと喜んでくれると思います」
「ふふ。だといいね」
どの料理も身に覚えがある。
瑠火が生前、作ってくれたものだ。
(俺の為に…瑠火の料理を作っているのか…?)
気配を殺して、そっと入口から伺う。
大食漢の杏寿郎がいる影響だろうが、何人分もの大量の料理の仕上げにかかる二人は、こちらに気付く素振りもない。
額に汗を滲ませ、せっせと動き回っていた。
「ここまで大量のお米となると、鮭をほぐすのもなかなか…っ」
「代わって、千くん。私やるから。力仕事は任せなさい」
「すみません、助かります」
鬼殺隊として鬼の頸を斬ることには長けていても、台所に立ったことはほとんどない。
毎日当たり前に出される御膳になるまでに、千寿郎がこなしていた日々の努力なども知る由もない。
それを目の当たりにした気がした。