• テキストサイズ

いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第24章 びゐどろの獣✔



 じっと軟膏を見つめていた目線が上がる。
 それでも躊躇するように、揺らぎながら廊下の先へと向けた。


(重度の火傷なら、酷い時は寝付くことさえできない。今は軽くても、効果が薄まれば直にまた痛みが……これは渡しておいた方がいい)


 言い訳のようにも思えたが、今はその言い訳が必要だった。
 真っ直ぐには踏み出せない槇寿郎が、どうにか一歩踏み出す為に見つけた口実だ。

 軟膏を渡すだけだ。
 その時に、勝手に話を断ち切り去ったことを詫びよう。
 千寿郎がその場にいても、杏寿郎のように口を挟んでくることはないだろう。

 全ての思いは語れずとも、背を向けるべきではないと思った。

 杏寿郎達のように、絶対的な血の繋がりのない存在だからか。
 それでも家族になりたいと伸ばされた手の温かさを、知ってしまったからか。


(ええい、有象無象の思考など今は要らん! とにかく杏寿郎が戻ってくる前に…っ)


 あれはいつも自然と蛍の傍にいる。
 何をしても何を言っても、陽の捉え方をする杏寿郎が隣にいては、己の思いの一つも語れない。

 何事も明るく吹き飛ばしてしまう杏寿郎よりも、常に距離感を伺い立ち回る千寿郎よりも。ぽっかりと空いてしまった心の穴を塞ぐことなく、在って当然のものだと静かに見つめてくる蛍の隣は、自然と息ができたのだ。

 とにかく優先すべきは、怪我人である蛍のことだ。
 それならば大義名分は立つ。


「必要な、だけだ」


 軟膏を再び握りしめる。
 必要なものを渡しに行くだけだと、意を決するように元来た道へと踏み出した。

/ 3624ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp