第24章 びゐどろの獣✔
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荒立てて部屋を出ていった槇寿郎の足が止まったのは、自室に着く遥か前だった。
勢いを失った足先が廊下の隅で止まる。
同じに勢いのあった感情を沈めるかのように、深い溜息をついた。
「…何をやっているんだ、俺は…」
思わず己の顔を片手で覆ってしまう。
幼い息子の登場に逃げ出すように部屋を出ていくなど、大人としても親としても男としても情けない。
何より、蛍と話をしていたではないか。
自分の思いを、心を、言葉にしようとした。
それを身勝手に断ち切るなど。
(…いや、俺のことはどうでもいい)
自分で自分を切ったのだ。
困惑も後悔も自分の中で処理できること。
それよりも問題は別にある。
唐突に背を向けた為、蛍の顔は伺えなかった。
「あ、」と拍子抜けるような微かな声を零しただけで、千寿郎のように自分を呼び止めてはこなかった。
それでも過ぎ去った部屋から聞こえてきたのは「姉上しっかり」と叫ぶ、千寿郎の悲鳴だったのだ。
あの場で、蛍はどんな顔を千寿郎に見せたのか。
戸惑ったのか、哀しんだのか、はたまた泣いたのか。
予想は予想のまま、未知の感情ばかりが膨らんで不安を覚える。
どんなに辛く当たろうとも、長男の杏寿郎は哀しむ顔一つ見せなかった。
次男の千寿郎も、怯えはするものの抗う言葉一つ向けてきたことはない。
自分だけなのだ。
声を荒げ、感情を吐露し、暴挙ばかり貫いてきたのは。
そんな男相手に、笑っていられる者など神や仏でしかない。
蛍が千寿郎に見せた反応こそ、当然のものなのかもしれない。
「……」
ふと、強く握りしめていた拳の中の異物に気付く。
指を開けば、咄嗟に持って来てしまっていたのだろう。蛍の手当てに使っていた痛み止めの軟膏が姿を見せた。
包帯で左目元を覆った、痛々しい蛍の姿が脳裏に浮かぶ。
あれだけ重度の熱傷なら、本来なら熱の一つでも出て可笑しくないところ。
蛍は普段通りにしていたが、軟膏を塗って貰って痛みが和らいだと言っていた。
となれば、やはり多少の痛みはあったのだ。