第24章 びゐどろの獣✔
「ぜひ姉上に、父上と食事を共にして欲しいです」
「でも…もし、私で上手くいかなかったら…」
「構いません。この十年間、誰だって父上と上手く接することができなかったんですから。できなくて当然です」
それでも、一瞬の光の道筋を見たかのようだった。
目線すら合わせなかった父の、あんなにも真っ直ぐな瞳は見たことがない。
兄の語る記憶の中の父の姿にはあったかもしれないが、千寿郎には覚えがない。
だからこそ青天の霹靂だったのだ。
「やりましょう、姉上。上手くいくかどうかは別として、父上が吃驚するくらい美味しいものを作って出してあげましょうっ」
小さな両手が、蛍の掌を包むように握る。
千寿郎からすれば、槇寿郎が誰かと席を並べて食事を取るだけでも大きなことなのだ。
そして槇寿郎と晩酌ができた蛍には、その望みがある。
「父上の好物がなんなのか詳しく知りませんが、母上の料理帳に載っているものなら好んでいると思います。いつもは一品、母上の味を献立に混ぜる程度なんですが、今回は全て母上の手料理を再現してみてはどうでしょうか」
饒舌に語る千寿郎の頭の中は、今晩の献立でいっぱいだ。
必死に頭を回しながら、どこか楽しそうに料理名を上げていく千寿郎に蛍の表情も緩む。
「いい案だね、賛成。それくらい千くんの料理の腕前が凄いことも、槇寿郎さんに教えてあげたい」
「私は、母上の料理帳を見て作っているだけですから…」
「今はもう見てないでしょ? それは千くんが瑠火さんの味を自分のものにしたからだよ。私にとっては、瑠火さんの味で、千くんの味。間違いない」
柔く微笑む蛍に、頬に熱を帯びていた千寿郎の顔もつられて和らぐ。
「姉上も一緒に作ってくださいね。父上には、私と姉上の味を知って欲しいですから」
「勿論。一緒に舌を巻くほど美味しいものを作ろう!」
「はいっ」
握り合う手と手。
鈴を転がすように重なる明るい声。
少年と鬼が、晴れ晴れしく決意する。
「あ、でも私、鬼だった」
「?」
「どうやって槇寿郎さんと食事しよう…」
「…あ。」
少しだけ暗雲も抱えて。