第24章 びゐどろの獣✔
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「…落ち着きました?」
「うん…ごめんね、みっともない姿を見せてしまって」
「そんなこと、ないです。それだけ姉上がありのままで過ごしてくださっているんですから。私は、嬉しいです」
ようやく普段の筋力を取り戻した蛍の、背筋が伸びる。
どんよりと背負っていた闇も消え、ほっと千寿郎は笑顔を零した。
「それに、不謹慎かもしれないけど…そういう姉上が、可愛いく、思えてしまって」
「え? 千くんが可愛い? うん知ってる」
「違います。姉上、です。聞こえないフリしないでください」
「いやつい反射で」
「私だって男ですから、女性を可愛いと思うことだって、ありますよ」
ほんのりと頬を赤らめながらも、拗ねたように口を尖らせ告げる。
千寿郎のそんな表情こそ可愛いものだなぁと思ってしまうところを、寸でのところで呑み込んだ。
ここでそれを口にすれば、更に少年の眉が下がってしまうのは目に見えている。
「んふふふふっ」
「ぁ、姉上?」
「ごめ…嬉しくって。ふふ、千くんの可愛いを貰ってしまった…嬉しい」
それでもこみ上げる笑い声は止められなかった。
口元を押さえてもふくふくと笑い続ける蛍に、千寿郎の下がり眉が穏やかに揺らぐ。
「姉上は、姉上のままでいいんです。笑いたい時は沢山笑って、嘆きたい時は…嘆いても、いいんです。その分だけ、我が家は明るくなるから」
「うーん、笑うのはわかるけど嘆くのはそうかなぁ。私が凹んだら、明るくはならないんじゃ…?」
「姉上が心を痛めてくださるのは、誰かの為ですから。その心に私があたたかくなれるんです。…さっきは父上の為にありがとうございました」
「ぅ、ううん。ただみっともなかっただけだから…ごめんね、千くんのお胸を借りてしまった…」
「ふふ。私は嬉しかったですよ。兄上の代わりになれたんですから」
「? 千くんは千くんだよ。杏寿郎の代わりじゃない」
何を可笑しなことを、と言いたそうな顔で当然のように告げてくる。
そんな蛍に、千寿郎は目を細めて、はいとだけ頷いた。
だからこそ心の内はあたたかくなるのだと。