第24章 びゐどろの獣✔
「私の──」
カタン、
意を決したように、槇寿郎が口を開いた時だった。
小さな物音は声を遮るには弱い。
それでもはっとした槇寿郎の口が止まる。
「す、すみませんっ」
物音の原因は、様子を伺いに来た千寿郎だった。
最初は有言実行とばかりに家事をこなしていたが、どうにも父と義姉のことが気になって仕方がない。
子供の自分にも、憤怒すれば手を出すこともある槇寿郎だ。
感情の余りに蛍に手を出してはいないか。
そうならずとも、怪我をした蛍に辛く当たってはいないか。
最悪、鬼であることが見破られてしまったら。
そんな不安がどんどん膨らみ、居ても立っても居られずに居間へと足を向けていた。
襖の段差で立ててしまった千寿郎の足音に、我に返ったように槇寿郎が立ち上がる。
「あっ」
「父上…っ」
するとそのまま無言で居間を出ていってしまった。
「す…っすみません姉上! 僕が邪魔をしてしまったようで…!」
「ぅ、ううん。大丈夫だから、顔を上げて千くん」
こっそりと覗いた居間には、向き合う二人がいた。
そこに険悪な空気など漂ってはいない。
だからこそ二人の会話が聞きたくて、つい身を乗り出してしまったのだ。
「でも折角父上が話をしていたのに…っ」
「まぁ、うん」
「僕や兄上の話なんてまともに聞かない、あの父上がっ」
「そう、だねぇ…」
「あんなふうに誰かの目を見て話すなんて、この先あるかどうか…っ」
「…そっか…」
おろおろと感情のままに吐露する千寿郎に、掻き消されるように蛍の声が萎む。
「それは…とんだヘマを…」
「ぁ、姉上…ッ!」
がっくりと項垂れ、どんよりと闇を背負う姿は、槇寿郎に神幸祭の誘いを無視された時より酷い。
そのまま畳に顔から突っ伏してしまいそうな蛍を、はっとした千寿郎が抱き止めた。
「ごめんなさい僕が言い過ぎました…ッ」
「ううん…千くんは悪くないよ…機会を掴めない私が悪いから…」
「そんなこと…ッ」
「本当…肝心な時に使えない姉でごめんね…」
「姉上しっかりーッ!!」
ぐんにゃりと蛸のように力を無くし、顔面から畳に沈む。
とどめを刺してしまったのは他ならぬ自分だと、千寿郎の涙のような悲鳴が木霊した。